「ううっ、名残惜しいですサーラさん」
ずびずびと鼻を鳴らしながらぎゅっと服の袖を掴むリゼルの手を、サーラは気だるそうに叩き落とした。手をさすりながらもなお、ぐしぐしと泣くリゼルの隣で、ティラが欠伸をしている。
「世話になったな」
「なんならこれからも俺が世話を……」
棒読みの謝辞にもめげず、それでも口説こうとしているリゼルを見て、ついにサーラは堪えていた溜息をこれでもかというほどわざとらしく吐き出して見せた。それから真っ直ぐにリゼルに視線を据え、はっきりと告げる。
「君のことは嫌いじゃないが、苦手だ」
「それってことは、つまり……」
リゼルが腕を組み、考え込むように頭を落とす。考えなければわからないようなことでもないのにと、ティラは半眼で兄を見たが、兄が理解するのにはたっぷり30秒を要した。
「俺、振られたってこと?」
『そういうこと』
女性二人の声が無情にハモり、余計にリゼルを失意のどん底に突き落とす。ぶわわわ、と滝のように涙を流し続けていると、ふと柔らかな感触を額に感じた。
「へ?」
「!?」
「でも、そうね。妹離れできたら考えてあげる」
リゼルの額から唇を離し、さわやかな笑みでサーラが歌う。最後にもう一度、目を点にした兄妹を視界に収めると、あとは振り返らず別れの言葉も口にせずにサーラは歩き出した。
放心する兄妹はまだ凍りついたままだと、背中を通じる気配でわかる。
「不思議な兄妹だ」
笑み混じりのサーラの囁きは、底抜けの蒼天に溶けて消えた。
「あうううう、サーラさん……」
「もう、泣かないでよ鬱陶しい」
日が暮れてもまだめそめそしている兄に、苛立ち紛れに枕を投げる。枕は銀髪にぽこんと当たって床に落ちた。拾い上げたリゼルが、それに抱きついてなおもおいおいと泣き続ける。
「……望みがナシってわけでもなかったじゃない? よかったわね、デコチューされて」
投げ遣りにそんなことを言ってやると、途端に嗚咽が止んだ。だがこれは色んな意味で失言だったと。
悟ったのは目をキラキラさせた兄と目が合ってからだった。
「嫉妬?」
「だから、ちが……」
「妬かなくて大丈夫だよ。お兄ちゃんがデコチューしてあげるから!」
「意味わかんないから!!」
もうひとつ枕を投げつけると、ティラはベッドに潜り込み、頭からシーツを被った。するとすぐに睡魔が襲ってくる。
結局、あのあとどうなったのかティラにはよく解らない。気がついたらリゼルに背負われ岐路を辿っていた。だがその間も眠くて堪らず、兄の背から伝わる体温でその無事が知れたら、そのまま昼まで眠ってしまった。サーラが別れを告げたのは起きてすぐのことである。
しかしそれだけ眠ったにも関わらず、倦怠感は続いていた。だがそのまどろみは、すぐ側で感じた気配に掻き消される。
「――兄さん!? 人のベッドに入ってこないで!!」
「いいじゃんかー。ちょっと前まではいつも一緒に寝てたでしょ?」
確かにそのぬくもりは、よく知ったものでとても落ち着くものだ。さっきよりも心地よい眠気に誘われ、怒りは消えてしまう。いやもともと怒ってなどいないのだが。
「おやすみ、ティラ」
兄の声が、優しくティラを包み込む。今日はよく眠れそうだった。