ぞわり、と肌が粟立つ。その感覚に、思わず集中が途切れ、そのサーラに今まさに爪を立てんとしていた合成獣をフリートの大剣が両断した。
すぐにキメラの発生場所へと向かった3人は、情報通りキメラの群れとぶつかり、サーラはいつものように“ポイント”を探しながら戦っていたのだが。
「――どうした」
様子がおかしいことに気付いたフリートが端的に問い、リゼルも周囲のキメラを一層すると、サーラへと視線を当てる。
「サーラさん?」
「……こんなやつらと遊んでる場合じゃない。こいつらは後だ!」
言うなりサーラは踵を返した。まだポイントは見つけられず、発生を止めるには至っていない。しかしそれどころではないと脳が警鐘を鳴らした。
それほどに、強い何か。
肌を刺す力の奔流が、頭の中で警鐘を打ち鳴らし続ける。その方向へとサーラは駆けだすが、リゼルとフリートには状況が分からない。それでもサーラが走って行ってしまったので、その後を追う他にない。
並走するキメラ達を蹴散らしながら、しかしサーラが辿りついた場所には、見る限り何の変化も見られなかった。今まで見てきた景色と同じ、何の変哲もない草原――だったが。
『封印解除(!』
サーラが手を翳して叫んだ途端に、凄まじい光が周囲をめぐった。
「サーラさん、これは――」
その様は、サーラが何かの魔法を使ったかのように見えた。だが、それを暗に問うリゼルに、サーラは首を横に振る。
「私は目隠しの結界を剥がしただけだ。遺跡自体の封印はもう解かれてる。この光はそれによるものだ――この力は、ヤバいぞ」
翳した手の指先がちりちりと熱く、サーラはその手を引き寄せ、引き攣った顔で光の発生源を睨んだ。光が強すぎて中に何があるのか容易には判断できないが、だからといってそちらに集中してばかりもいられない。突如背後にせまった咆哮に、ふりむきざま炎の魔法を具現する。
「っ、鬱陶しい……ッ」
炎に呑まれたキメラが塵に返るが、それだけでは終わらない。キメラ達の増殖は止まることを知らず、後から後から押し寄せてくる。
「こいつら、さっき相手してた群れじゃない。この光からも出てきてる」
「最悪だ。この現代に、目覚めさせてはいけないものが目覚めたな――!」
リゼルが刀を閃かせ、サーラが舌打ちする。その間も、フリートは黙ったまま淡々とキメラを撃退していたが、ふと表情を変えた。
「危ない!」
フリートの警告と同時に、サーラがシールドの呪文(を紡ぐ。
『冥界の深奥に住まう冥府の主よ! 我が魂を喰らいて出でよ!』
光を黒い闇が裂き、だがそれをサーラのシールドがさらに飲み込んだ。
「遅かったわね、正義の味方ご一行さん?」
そんな言葉と共に、マリスとユリスが光の中から現れる。ローブのあちこちが破れ、肌からは血が滲んでいたが、双子はどちらも幸せそうな笑みを浮かべていた。
「……ティラは、どうした」
そんな二人の様子は異様で、眉をひそめながらもリゼルが問いかける。
「この光の中心に」
答が返ってくると同時にリゼルは走りだしたが、戦闘態勢を取った双子と、サーラに腕を掴まれたことにより、それは阻止される。
「離して、サーラさん」
「……気持ちは解る。だが状況も解らず飛び込んでは危険だ」
表情の消えたリゼルに、だがサーラは怯まず淡々と告げた。その間にも双子が印を切り、しかしフリートがそれを見過ごさず斬りかかったことによって、舌打ちして飛び退る。
「では、この状況で何か策があるというのか」
大剣を構えたまま、振り返らず発せられたフリートの問いに、さしものサーラも咄嗟には返す言葉がなかったのだろう。ぐっと押し黙った。
「……そうだよ、サーラさん。俺は行くよ。ティラがいるなら、俺行かなくちゃ」
「だが――」
腕を掴む手に力を込め、サーラはリゼルを見た。そして――ゆっくりと力を抜く。
説得は無理だ。それは最初から解っていた筈のことだ。
リゼルの表情は、もう穏やかないつものそれに戻っていた。困ったように頼りなく、彼は笑う。
どの道策などない。この光の向こうに何があるのか、近づいたらどうなるのか、サーラにも解らない。ただ、そこにティラがいるなら、ティラがこの力を使っているなら、止めさせなければならない。そして、救わねばならない。
それだけは確かで、そしてそれができるのは――、導き出した結論に、サーラは掴んでいた腕を離した。
「ありがとう」
リゼルが微笑んで礼を述べ、だが次の瞬間には走りだしている。その彼の前に、マリスがナイフを構えて飛び出した。
「行かせない。止めさせないわ。あれはあたしたちの希望の光なの。この世界をあたし達に跪かせる――――」
咄嗟にリゼルが刀をかざすが、そのナイフがマリスの手を離れる前に、そしてマリスが怒号を解き放つ前に。
ぐらりと、その小さな体は大きく傾いだ。
「――マリス!?」
ユリスの叫びにも応じず、マリスが駆け廻る光に埋もれるようにして、ゆっくりと倒れる。その背中には、短剣が突き立っていた。