ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 14


「うわあああああああああ!」
 ユリスの叫びが、光の奔流に吸い込まれる。合成獣(キメラ)が彼を狙ってとびかかるのにも意に介さずユリスがマリスに駆け寄り、そのキメラをリゼルの刀が間一髪で貫く。
「マリス! ……ッ、お前ら……ッ!」
 それにさえも気付かず、マリスを抱き起こしてユリスが光の外を睨んで呻く。
「囲まれてるな」
 絶え間なく襲いかかってくるキメラを撃退しながらフリートが呟き、リゼルも神妙な顔で頷いた。突き刺さるような殺気を、そこら中から感じる。
「よくやったね、ユリス。これで連盟を潰せるだけの力が、“教団”の手に入ったわけだ」
 その中のひとつが姿を現し、ユリスと倒れたマリスに近づいて行く。その気配が、さっきマリスが倒れる寸前に閃いた殺気とぴたりと重なった。短剣を投げたのはこの人物だと悟ると同時に、その尋常ではないプレッシャーが彼の強さを語り、刀を持つリゼルの手にじっとりと汗が滲む。
「なんでマリスを……!」
「裏切ったからだよ。きみたち子供の浅はかな考えが分からない程、大人は馬鹿じゃない」
 だが、動かないわけには行かなかった。その青年がマリスの背から短剣を抜き、ユリスへと振りかぶる。それを間に入ったリゼルが弾き、そうして青年の足を止めながら、サーラに視線を走らせる。一瞬、サーラは抗うような色を見せたが、リゼルの表情を見て抗いから呆れへと表情を移し、そしてマリスの方へ歩み寄った。そして獣のように威嚇してくるユリスを制して、手をかざす。唖然とするユリスの目の前で治癒の光が零れ、見る間にマリスの傷が癒されていく。それを見て、青年が理解しがたいという視線をリゼルに投げた。
「……なんで庇うの? この子達は君の敵だろう」
「敵だろうと味方だろうと、目の前で誰か死ぬのは嫌なんだ」
「随分な綺麗事を吐くね。君だって一度マリスを殺しかけてる筈だ」
 リゼルは刀を構え直すと、改めて目の前の青年を見た。この大陸ではさして珍しくもない、黒い髪と黒い瞳。肩までの髪が、力の奔流を受けて翻り、愉しそうに笑う顔は整ってはいるが、それ以上の印象は特にない。
 だが、強い。
 そして、彼の台詞に、彼がずっとユリス達を監視してたのだろうことも想像がついた。
「……居場所をなくした子供は純粋だよね。それを求めて死に物狂いでなんでもやるんだ」
「それを利用する大人(あんた)は、随分と腐ってるけどな」
「いつまでも綺麗ではいられないんだよ。綺麗でいられるのはこどもの特権だ。僕もそれはある意味羨ましい」
 吐き捨てるようなリゼルの言葉に、青年が微笑んだまま答える。ごう、とまた力が強まり、肌を灼くように周囲を滑って行く。その中心を肩越しに親指で刺し、子供のようににこやかにほほ笑んだまま、青年は軽い声を落とした。
「さ、ボクは“これ”で世界に喧嘩を売りにいくから。子供はおやすみなさいの時間だ」
「そうはいかない」
 立ち去りかけた青年の前に回り込み、リゼルは青年の前で刀を構えた。
「大陸連盟創始者にして“統制者”の一族、レゼクトラ家のリゼル・アーシェント・レゼクトラだ。お前を世界に仇名すものとし、統制者の名において拘束する」
 無視して通り過ぎようとしていた青年は、リゼルの囁きに歩みを止めた。聞こえたのだろう、サーラが驚愕の目でこちらを見たのが分かったが、今はそれには応えられない。
「……やれやれ。ただの子供の振りしとけば、この場は見逃してあげたのにね」
 ゆらりと男が手を翳す。呪文(スペル)も何もなく、ただそれだけの動作で男の手の周りが揺らめき、剣を模る。
「ッ」
 そこからやはりなんのモーションもなく、黒髪の男が斬りかかってくる。ほぼ反射だけでそれを受け、だが青年の力にあっさりと競り負けて、リゼルの体が宙に浮く。間髪いれずその無防備な体に青年が突きを繰り出し、リゼルは浮いたまま身を捻った。それでどうにか串刺しだけは免れる。だが剣の刃が脇腹をかすめ、鮮血が舞った。
「リゼ――」
「よせ、行くな」
 駆け寄りかけたサーラの肩を、だがフリートが掴んで止める。
「集中が切れれば即座にやられる。あんたが行っても足手まといだ」
「――なら、魔法で」
 手を翳した瞬間、その手を風の刃が襲い、咄嗟にサーラは手を引いた。気付けばあちこちで詠唱の声が聞こえる。
「敵はあいつだけじゃない」
「くそ……!」
 その間もフリートは戦いの手を休めず、キメラを斬る片手間に、こちらに魔法を放つ精霊使い(エレメンター)達をどうにかしようと機会を伺っている。だが、キメラの数が多すぎて、とても攻撃が追い付いていない。その間にも光はどんどん強まり、その中から生まれるキメラの数も比例して増えている。このキメラの所為で術士達は近づけないだろうが、そもそも彼らは近づく必要はない。彼らは、キメラが群がる場所をキメラごと攻撃すればいいのだ。対してこちらはキメラに阻まれ彼らに近づけないどころか、サーラが魔法を放とうにも位置を特定できない。圧倒的に分が悪かった。
「キメラを……、いやそもそもこの光を、なんとかしなければ。酷く力が不安定だ」
 サーラが魔法に対してシールドを張り、その間にフリートがキメラを仕留める。今のところはそれが精いっぱいだが、それすら限界は見えている。しかし、今はそれよりも。
「これでは、まずティエラが持たない……!」
 光の方を振り仰ぎ、サーラが焦燥の声を上げる。その声に、フリートが彼女を振り返る。
「行かせてやらんとな」
「ああ――、でもいいのか? 命張ることになるぞ」
「あの兄妹には借りがある。それにあいつなら――迷わんだろう」
「……お前も同じか」
 どれだけの他人の為に、何度彼は命を張ってきたのか。
 恐らく、その必要のない場所に生きる人間なのに、綺麗事と罵られながら、馬鹿だと嘲笑されながら、彼は正義の味方を名乗り続け、他人の為に駆け抜け続ける。
「長くは持たん。援護を頼む」
「こっちも長く持ちそうにないがな」
 短いやりとりの後、フリートがためらいなくリゼルと青年の間に割って入る。そこに突っ込んでいくキメラをサーラの魔法がまとめて焼き払い、それと同時に魔法からの防護壁を展開する。
「予想以上にキツいな、これは……!」
 集中を切らさぬよう噛みしめた唇は、こんな状況なのに笑みを刻む。
「聞け、リゼル! どうにかしてティエラを止めろ! 力が暴走している、このままじゃ力の核になってるティエラが危ない!」
 フリートが黒髪の男の剣を受け、そして弾く。
「……行け!」
「でも、二人だけじゃ――」
「どの道このままでは全滅する。それに、本当はお前は、行きたくて仕方がない筈だ」
 その間にも、キメラは襲いかかり、魔法の詠唱は続き、青年の剣は唸る。
「行けリゼル! お前には、絶対に守らねばならないものがある筈だろう!」
「――――ッ!」
 サーラの声に、リゼルは弾かれたように駆けだした。群がるキメラを振り払い、魔法が炸裂する中を突っ切って、光の中心へと駆ける。
「……止める手段なんてあると思う?」
 うすら笑う青年の手で剣が踊り、力任せにフリートへとそれを振り下ろす。受けたフリートの大剣に、ぴしりと一筋亀裂が走った。
依代(よりしろ)の命が尽きても、一度目覚めた力はもう止まらない」
「そうかな」
 びしびしと亀裂は筋を増やしていく。だがフリートは退かなかった。退いてはいけない。その必要もない。その剣を食いとめ続けられればいい――1秒でも長く。
「あいつは滅茶苦茶な男だからな。道理が通ると思わない方がいい」
 無表情なフリートの顔が薄い笑みを結んだとき、ばきんと音を立てて大剣が折れた。



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