ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 12


 背中を通して、冷たい石の感触が伝わってくる。
 寒くて、苦しい。悲しくて、怖い。
 だけどいつだって、そんな状況は長続きしないから、絶望は沸いてこない。きっと助けにきてくれる筈だから――
 ――兄さん。
 そんな呟きは、だけど声にならなかった。背中から、石の感触が消える。
 ふわりと体が浮き、闇に沈む周囲に、銀の筋が奔る。
 兄が刀を振るい、その刀の先を、黒髪の少女に突きつける。その唇が、聞きたくない言葉を紡ぐ。
 ざっと、体から体温が失われる。
 ――やめて。
 それは、寒くて苦しい。悲しくて怖い。
 でも、だからこそ。
 自分が傍にいて、止めなければならなかった。だから、捕まっている場合ではないのだ。

「兄さん」

 今度はちゃんと声になる。闇を光が裂いて、五感が帰ってくる。
 両手を握りしめると、ティラは意識を覚醒へと向けた。

■ □ ■ □ ■

「……ユリスの催眠魔法を破るなんてね。力があるのは、やっぱり間違いないみたい」
 起き上がったティラを見て、マリスが呟く。口調と声こそ落ち着いていたが、動揺は隠せなかった。
 どうしようもない疲労感を、だがティラもまた表面上は押し隠す。切れた息を整えて、握り締めた拳で額の汗を拭う。
「――フリートさんには、手出ししてないわよね?」
「ちゃんと約束は守ったわよ。放っておいたってどうってことなさそうな人だったし。あなたのお兄さんと違ってね」
 含みのある声に、ティラが顔色を変える。
「……兄さんに何かしたの?」
「本当は、貴方じゃなくて、銀紫の魔女が欲しかったの。それを邪魔するんだもの。あたしの魔法が直撃したけど、生きてればいいわね?」
 くすくすと、悪戯っぽくマリスが笑う。挑発だと分かっているのに、胸が冷えて顔が強張った。実際のところマリスにとっては挑発ではなく八つ当たりであったから、ティラのそんな表情は心地が良かった。リゼルにもこんな表情をさせてやれたらどんなに愉快だろうかと思う。――いや。この際もうリゼルもどうでも良かった。
「あいつらにもこんな顔させてやれたら、いいわね」
 ふと呟いたマリスの言葉を受けて、ユリスも顔をほころばせる。想像しただけで、心が躍る。それをマリスと二人で笑って見下ろして、自分たちを認めさせることができたら。そう思うと気持ちが逸る。そして、それはもう夢物語ではない。
「遺跡とそこに眠る秘宝、そして鍵。教団が探してたもの全てを、あたし達が手に入れたのよ。ねぇ、ユリス。あたし達に扱えなくても、鍵を扱えればそれでいい」
 ぐい、とティラの腕を掴んで、マリスが立ち上がる。痛い、とティラが抗議の声を上げたが、そんなものは彼女の耳に入りすらしなかった。
「さあ、封印を解くのよ。何が何でもね」
 威圧的に命令してくるマリスの漆黒の瞳を、だがティラも負けじと睨み返した。
「なんだか知らないけど、嫌よ。自分ですればいいじゃないの。貴方達の方が、私より強い力を持ってるくせに」
 ぱん、と。その瞬間、衝撃を受けて、頬にぴりぴりとした痺れが残る。叩かれたのだとわかって、今一度ティラはマリスを睨んだ。だが喉元までこみあげてきた怒号は、彼女のそれに先に飲まれる。
「あたし達の力なんて、命を捧げなければただ一度の具現すら許されないのよ! これだけの封印を解くには、どれだけの命を使えばいいと思う? あたし達のちっぽけな命じゃ足りやしないの! 力を持ってる貴方なんかには、想像もできないかしら!?」
 頬を押さえながら、叫ぶマリスをティラは食い入るように見つめた。だが、黙って見ていると、今度は苛立ちが零れてくる。
「だったらそんな封印なんて解かなくていいじゃないの。魔法なんか、力なんか使わなくていいじゃない。命まで削って、どうしてそんな必要があるのよ?」
「キミも正義の味方くんも、本当におめでたいよね。削らないとそのものがなくなってしまうからだよ。そんなことも解らないの」
 静かに答えたのは、ユリスの方だった。その言葉の厳しさに、今度こそティラは言葉を失う。
「よほど呑気に生きてきたんだね、キミは。明日生きていけるかなんて、考えたことないだろ? だったら今考えさせてあげるよ」
 ユリスがマリスへと視線を走らせる。それを受けて、すかさずマリスがナイフを取り出し、ティラの喉元に当てた。
「明日も生きていたいなら、あたし達の言うことを素直に聞きなさい。嫌なら絶望して死になさい」
「どっちも嫌よ。それに、どうでもいいけど、私の力が欲しくて攫ったんでしょ? 私を殺したら意味ないんじゃないの」
「そしたら今度こそ銀紫の魔女を使うわ。正義の味方さんに止めを刺してね。ああ、それも悪くないわ――、正直はったりで脅したけど、もし貴方が死んだことを知ったらどう思うかしらね、貴方のお兄さん。また剣をとって立ち上がれるかしら。それでも正義の味方なんて馬鹿なこと、言っていられるかしら?」
 マリスの手に力が篭り、首にちくりとした痛みが走る。その痛み自体は大したことではなかったが、マリスの凍りつくくらい冷えた眼差しとその言葉は、蔦のように全身を縛りつけた。
 その恐怖は、死に対してのものか。それとも、それを兄が知ったらどうなるだろうという、そのことへの恐怖か。
 どちらにせよ、それは恐怖だ。死んだらどうなるのかわからない。だけど永遠に家族に会えないことだけは確かだ。
 父にも、母にも。――兄にも。二度と会えない。
(……そんなの、嫌)
 体の内側が熱くなる。ここ最近のうちに、何度か経験した感覚。

 ――解放しなさい。力持つものよ。

 唐突に頭に声が響いたのはそのときだった。

 ――私を求めなさい。そうすれば、あなたはあなたの内にある力、そして我が力の全てを自在に使いこなせる。そうしたら、

「兄さんを、助けられる」
 マリスの目の前でティラの唇が小さく震え、そして、その直後彼女を核に、凄まじい光の奔流が巻き起こった。  



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