ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 6


『高き天に――』

「遅いよ」

 咄嗟にユリスが叫ぶ頃には、もうリゼルが接近している。毒づきながら距離を取ろうとユリスが転がるが、速さではリゼルと勝負にならない。接近戦では勝敗は見えている。
「ユリス!」
「人より自分の心配をしたらどうだ」
 駆けだそうとするマリスの前には、サーラが立ちはだかった。その手が翳されるのを見て、ばっとマリスも印を切ろうとし、だがその手は止まる。
 手を止めたのは、それが無駄であることが火を見るよりも明らかだったからだ。サーラは魔法の具現に印を使わない。
「禁呪の弱点だな。威力は普通の魔法を上回るが、具現の度に魂を捧げる儀式を必要とする」
「……」
 その事実は、禁呪使いであるマリス自身が誰よりもよく解っているから、何も言い返さずに、切りかけの印を再開することもなしに、黙ってサーラを睨みつける。だが。
「分が悪いんじゃないか?」
「――そうかしら」
 サーラが無表情のままそう言うと、マリスは睨みつけた瞳を緩めて、笑みを浮かべた。どう考えてもこちらの優勢は揺るがないのにと、サーラが怪訝そうに片眉を上げる。しかしマリスの余裕の表情は、はったりにも見えなかった。
 微笑んだままマリスはサーラから視線を外し、そのあまりの無防備さに、サーラもついそれを追う。そしてその先には、ユリスとリゼルの姿があった。どうにかユリスがリゼルの追随を逃れようとしているが、それも時間の問題に見える。マリスが何を言いたいのか解らず眉をひそめるサーラを見て、マリスがくすくすと笑いながら声を上げる。
「いくら正義の味方さんが丈夫でも。禁呪の直撃を食らっていつまでも動けるかしら?」
 はっとサーラが目を見開く。
 あまりにリゼルに緊張感がないせいか、それともその腕にだけは信頼を置いているせいか。そこまで気を回せずにいたが、言われてみれば、いつもよりも彼の動きは鈍かった。
 ――追い詰めるのは時間の問題。そうは言っても、あのリゼルが少年の精霊使い(エレメンター)相手にまだ片を付けれずにいるのは、考えてみればおかしな話だ。
「ッ」
 だがそれについて、サーラがそれ以上考えることはできなかった。
 反応できたのが奇跡的だと思う。合成獣(キメラ)とやりあってきた中で身に着いた、野生の勘にも近い何かが無意識に体を動かしていた。その刹那、喉元を何かがかすめて飛んで行く。あと少し反応が遅れていれば、喉笛を斬り裂かれていただろう――、舌打ちしながら喉を押さえて振り向くと、不敵に笑うマリスの手には数本のナイフが煌めいていた。
「禁呪に時間を食うのは百も承知よ。対策くらい考えるわ。――あなたはどうかしらね、銀紫の魔女?」
 言い終わる頃には既に、ナイフは彼女の手を離れて舞っている。それに向けてサーラは手を翳したが、その向こうでマリスの手が印を切るのを見て、今度はサーラが動きを止めた。
 ナイフをどうにかしようとすれば――物理障壁を張るにせよ、避けるにせよだ――、その間にマリスは禁呪を完成させる。それから禁呪に対する障壁を張るのは間に合わない。だが、その二つを避けるのも、その二つに有効な強力な防御癖もしくは攻撃呪文を具現するのももう間に合わない。
 だが背後に気配を感じて、サーラは咄嗟に具現する魔法を絞った。
 直後、目の前でリゼルが全てのナイフを刀で弾き、彼の前でサーラの魔法が展開する。

『我が御名において命ず! 光よ!』

『冥界の深奥に住まう冥府の主よ! 我が魂を喰らいて出でよ!』

 サーラの具現した障壁にマリスの魔法が弾かれて効果を失い、その中から飛び出したリゼルがマリスへと詰め寄る。だがその刀は、マリスに届く一歩前で止められた。
「……もうやめない?」
 背後でユリスが印を切る気配を感じて、リゼルが呟く。
「ユリスが魔法を使うより、きみが何かをするより、俺がぶっ倒れるより、俺の刀は速いよ。……まだ、分は俺達にあると思うけど」
「……そうね。あなた達には勝てないみたい」
 さすがにリゼルに接近戦を挑むのは無謀と察したのか、マリスは大人しくナイフを引くと負けを認めた。それを見て、リゼルも刀を少し引く。
「解ってくれたなら、もうティラやサーラさんを狙うのはやめてくれないかな」
「――妹さん、今日はいないのね」
 ティラの名前を聞き、ふとマリスがそんなことを言う。一瞬の逡巡を挟んでから、再びマリスは微笑んだ。
「今日は退くわ。でもあたし達が立ち止まることはない。必ずあなたをあたしの前に跪かせてみせてよ。正義の味方さん?」
「ッ、待――――!」
 マリスの声にユリスのスペルが重なり、二人の姿が闇に溶ける。リゼルの制止が虚しくこだまし、サーラは舌打ちをした。
「リゼル、あいつらティエラを――」
「わかってる」
 刀を収めながら、リゼルからは固い声が返ってきた。だが、踵を返して数歩もいかぬうちに、彼の体はぐらりと傾ぐ。
「リゼル!?」
 咄嗟に駆けよって腕を掴むが、ぬるりとそれは滑って行った。どさりと彼の体が地面に落ちる。冗談かというほどべったりと血に汚れた自分の手を見て、背筋が凍る。
「……嘘だろ?」
 困惑したサーラの独白を、冷たい夜風がさらった。



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