ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 5


 閃光がおさまると同時にリゼルが崩れ落ち、サーラは舌打ちしながら手を下ろし、彼へと駆け寄った。
「リゼル!」
「動かないで銀紫の魔女。もちろん魔法もなしよ」
 光が迸った方角とは逆の暗闇から、長い黒髪の少女が現れる――マリスだ。
 詠唱の声はユリスのもので、彼ももう姿を見せていた。そして彼が放った光の魔法は、サーラが咄嗟に張ったシールドが完全に防いだ筈だった。にも関わらずリゼルがダメージを受けたのは、ユリスの魔法とは絶妙な時間差でマリスが放った魔法によるものだ。
 ユリスの魔法を防ぐと同時にサーラもそれに気付いたが、その時には既に遅かった。だが――
「リゼル、お前は、気付いてたな?」
 治癒のスペルを唱えかけ、しかしマリスに牽制されてサーラは手を下ろした。彼女を一瞥し、そして彼女に向けたのと同じような睨みを今度はリゼルへと向ける。暗くて負傷がどの程度なのかはわからないが、マリスの魔法をもろに受けたことは間違いない。禁呪の直撃を受ければ、まず軽傷では済まないだろう。
「さっきの魔法――まさか古代魔法かしら? いよいよ面白いわ、あなた」
 幼さに釣り合わない声色で、手を翳したままマリスが口を開く。それとは対照的に、全く面白くなさそうに、サーラはマリスの方を見た。
「さあ、あたし達と来なさい、銀紫の魔女。それでも抵抗するならお相手するわ」
「その間に正義の味方クンが死んじゃってもしらないけどね」
 サーラはただ見ただけで口を開かず、再び声を上げたのはマリスの方だった。その後にユリスが続き、二人同時に印を結び出す。 それは明らかなる脅迫だったが、サーラはとくに怯む様子もなく、手を翳すこともなく、ただ冷たく二人を睨みつけた。
「……別にこいつがどうなろうと知ったことじゃない、というほど私も薄情じゃないが。彼の為に命をかける程の義理もないな」
「冷たいのね。正義の味方さん、貴方より早くあたしに気付いていたわ。避けようと思えば避けられたのに、あえて貴方の盾になったのよ?」
「頼んでない」
 すっぱりとサーラが切り捨て、ユリスが小さく肩をすくめる。
「ていうか、別にボク達、キミの命が欲しいなんて言ってないよ。まぁ、絶対安全だとも言えないけどさ」
「なら、なんのために私やティエラを狙う?」
「あなた達の力が、あたし達の目的のために必要だからよ。……さあ、お喋りはお仕舞い」
 サーラとユリスの会話に、マリスが終止符を打つ。それと時を同じくして、二人の手の動きが止まる。それはいつでも魔法を発動できることを意味していた。それが解らないサーラではない筈だから、マリスとユリスは笑みを浮かべた。絶対の勝利を確信して。
『どうする、銀紫の魔女?』
 二人の声が重なり、ふぅ、とサーラはため息と共に髪を掻きあげた。
 避けることはできるが、避ければ二人は容赦なくリゼルに魔法を撃ちこむだろう。印を切っている間に仕掛けようかとも考えたが、一人で禁呪使い二人を相手にするのは少々分が悪い。リゼルを庇おうとするなら尚困難だ――というか守り切って勝利する自信は正直なかった。ならば道は、従うか、道が拓けるまで時間稼ぎするか、どちらかだ。それは恐らく相手にもわかっている。
 ふと、サーラは考えるのをやめると苦笑した。
「降参かしら?」
「いや。選択肢を二つに絞った自分を馬鹿にしただけだ」
 マリスの声に、苦笑したまま答える。答えるというより、ほぼ独白だったから、彼女に声は届かなかっただろうが。
 そう――何も選択肢は二つだけでない。避けて逃げれば一番早い。なのにその選択肢を最初に消してしまった自分が可笑しかった。ずっと一人だったから、誰かの為に自分の行動を変えたことがサーラにはなかった。
(……でもこいつはきっと、誰かの為にしか動いたことがないんだろうな)
 今度の言葉は、本当に胸の中だけに止めておく。それからもうひとつだけため息をついて、サーラは手を翳した。
「……受け切れると思って?」
「まあ、とりあえずやってみようかと思って」
 投げ遣りにマリスに返すと、ユリスがくすりと笑った。
「正義の味方クンみたいな口振り」
 そして、膨大な力が、二人の禁呪使いへと流れ込んで行く。その力の大きさは予想以上だったが、一度決めた以上することは変わらない。だから怯むことも恐れることもなく、ただサーラも自分の魔法に集中する。

『高き天に住まいし太陽の王よ! 我が魂を供物に、その力を我が前に示せ!』
『冥界の深奥に住まう冥府の主よ! 我が魂を喰らいて出でよ!』

 力の塊が解き放たれる。それに向けて、サーラは手を突き出した。

『我が御名において――』

 唇から零れた呪文(スペル)は、しかし途中で途切れた。一瞬何が起こったのか理解できず呆けた顔で目を瞬かせる。だが理解した瞬間、出てきたのは怒号だった。

「ッ、お前は――! ずっと起きてたんだろう!」
「ご、誤解ですッ! ちょっと、あの、血が足りなくてクラクラしてるのに首締めないで……! マジで死ぬ!」

 激怒したサーラに(けっこう本気で)首を絞められ、彼女を抱えたままリゼルが悲鳴を上げる。その頃には、一瞬前までいた場所で白と黒の閃光が嵐のように渦巻いている。距離をおいても肌を焦がすような強大な力に、ここにきてようやくサーラは身震いした。だが、
「ホントに今気がついたんだってば! ってかマジ死ぬかと思ったんだけど、嫌な夢見てさ! なんかティラが男と二人旅してて、不快アンテナがびょんびょんしまくるから、ホラ!」
「そのまま死んでろ変態シスコン!」
 リゼルが耳元でそんなことを叫ぶので、思わずサーラは彼を張り飛ばした。
「マリスの魔法が直撃したのに、もう動けるだなんて――!」
 そんな彼らの姿を見て、ユリスがひきつった叫びを上げる。マリスはとくに動きは見せなかったが、その表情に動揺は隠し切れていなかった。
 二人の様子に気付き、張られた場所をさすりながらもリゼルが二人に向き直る。

「まあ、正義の味方は死なないものだからさ」
 
 そんな風に茶化しながら、刀を構え直し、リゼルは不敵な笑みを浮かべたのだった。



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