ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 7


 ――ここはどこだろう。
 目を開けたら闇しかなかった。地面の感触もなくて、ゆらゆらと漂っている感覚。確かなものは何もない。
 どこから来て、どこへ行くのか。それも解らない。自分が誰かさえわからない。――が。
「お兄ちゃん!」
 その声が弾けると共に、ぱっと周囲に色が散った。
 闇はとけて、見慣れた自分の家が広がる。ずっと育ってきた場所で、ちゃんと地面に足をつけて立っている。その感触が伝わると共に、背中に小さな衝撃も加わった。
「お兄ちゃん! 行っちゃやだ!」
「いててて! 髪! 髪引っ張らないでー! ……どこにも行かないったら」
 飛びついてきた小さな金髪の少女が、泣きながら髪を引っ張る。その痛みに悲鳴を上げながら、だけどその痛みは心地よかった。振り返ってしゃがんで、その小さな存在を抱きしめる。
「だから、髪引っ張るのやめてね。ハゲちゃうし」
「えー、やだー。お兄ちゃんの髪、綺麗だもん。お月さまみたいな綺麗な色」
「……ティラの髪も綺麗だよ。父上と同じ色だ」
 そう言うと、えへ、と幼い少女が笑う。だがその後で、でも、と彼女は付けくわえた。
「お兄ちゃんと一緒の方が良かったな……」
 そんなことを言った妹に目を見開く。だがすぐにその目を細め、柔らかく笑う。そして、彼女を抱きあげた。といっても自分もまだ子供だったから、抱えるのは至難の業だったが。それでも、そんな苦難は顔に出さない。努力するまでもなく、無邪気に笑う妹を見ていたら、笑顔しか零れない。
 そう。ここで育った。彼女は妹。名前はティラ。そして――――自分は。

■ □ ■ □ ■

「リゼル!!」

 呼ぶ声に、唐突に脳が覚醒する。がばりと飛び起きると、隣にいた人物がびくりと飛び上がったのが見えた。
「いきなり気がつくな! 驚くだろう!」
「……俺は、リゼルだ」
 ぐるっと首を回してこちらを向き、そんなことを呟いたリゼルに、サーラは怒号を収めると顔をしかめた。
「知ってる。……頭大丈夫か?」
「うん」
 かなり本気で心配して聞いたのだが、問いかけるとリゼルはふっと笑顔を浮かべて軽く頷いた。その気の抜けるような笑みはいつものリゼルで、サーラはほっと息をついた。
「そうか。血と一緒に脳味噌まで出てしまったのかと思った」
「何気に酷ッ」
 こんどはめそめそと泣きだす。まぎれもなくいつものリゼル全開だ。もう一度大きなため息をつくと、サーラは脇の椅子に腰かけた。
「突っ込む元気があればもう大丈夫だな。……まったく……どうなるかと思った」
 腕を組み、仏頂面でサーラが呟く。その顔には疲労が濃かった。美貌には、うっすらと隈ができてしまっている。
「あれからどうなったの?」
「どうもこうも。治癒したが、失血まではどうにもならん。お前は目を覚まさないし、仕方なく担いで町まで来た」
「わぁ。サーラさん力持ちー」
「他に言うことないのか?」
 額に青筋を浮かべたサーラが怒りのオーラを立ち上らせ、ひっとリゼルが小さな悲鳴を上げてのけぞる。その後で、小さく呟く。
「えっと、ありがとうございます?」
「違う! ごめんなさいだろうが!! どれだけ心配したと思ってるんだ!!」
 サーラが椅子を蹴って怒鳴り、またリゼルがひい、と悲鳴を上げて、両手で顔を庇う。だがサーラの言葉の後半に、その手を下ろして意外そうにサーラを見た。
「……心配してくれたの?」
「自分を庇って怪我したやつが死にそうなのを見て、喜ぶような人間だと思ってるのか? 私を?」
 サーラが沈鬱な表情をし、リゼルは慌てた。ふざけるのはやめ、自身もまた真剣な顔をする。
「……ごめんね、サーラさん」
「二度とするな。ティエラに一生恨まれるのはごめんだ」
 だがティラの名を出すと、リゼルの表情はまた少し変わった。ふざけるのではなく、どちらかといえばその逆だが。焦燥とも、不安ともつかない曖昧な表情は、だが彼が何を考えているのかサーラが知るには充分だった。
「……行くのか」
「うん」
「その傷で?」
 言外に止めたのだが、それがわからないわけでもないだろうに、リゼルはベッドから足を出した。それから、枕元にある刀に気付いて手を伸ばす。
「持ってきてくれてありがとう。これ無くしたら、俺母上に殺される」
「……だってお前の取り柄、それだけだろ」
「サーラさん厳しいー」
 しくしくと泣き真似しつつ、立ち上がって刀を腰に下げる。
「――お世話になりました」
 そしてサーラに頭を下げると、彼女はまた椅子にどさりと腰掛け、冷めた目を向けてきた。
「私はもう用済みというわけか?」
「そんなわけじゃ……」
「……その体じゃ、まだ治癒は必要だろう」
 サーラの言葉は遠まわしだ。だが、言おうとしていることは伝わる。踵を返しかけて、だがリゼルはそれを止めてサーラを見下ろした。
「……来てくれるの?」
 彼女は答えなかったが、もしかして仏頂面で機嫌が悪そうに見えるのは、照れているからなのだろうか。浮かんだ考えを確認するべく、リゼルは彼女の前にしゃがみ込むと、その仏頂面を覗きこんだ。
「もしかしてホントに俺に惚れた?」
「…………と言ったら、大人しく治るまでここにいるか?」
 思いもかけない言葉に、え、とリゼルが動揺する。それを視界の端に映し、サーラはため息を吐いた。思わぬ言葉に動揺しているだけで、どうせ考えを変える気はないのだ。そんなこと解っている。
「どうせティエラが気になって無理なんだろう。……そんな妹べったりの変態シスコンに誰が惚れるか」
 冷めた声を吐いて立ち上がると、サーラはさっさと歩きだして部屋のドアに手をかけた。
「いくぞ」
「……うん」
 嬉しそうなリゼルの声に、何故か頬が熱くなった。だが気の所為だと咳払いし、扉を押しあける――それと同時に。
 向こうからも誰かが、扉を引いた。予期しなかったことと、他のことを考えていたせいでサーラも派手にバランスを崩したが、向こうはそれにしても妙なくらいにぐらりと体を傾げた。そして、どさりと部屋の中に倒れる。
「っ、何――」
「……お前は」
 何事かと訝しむサーラの後ろで、倒れこんできた人物を見てリゼルが声を上げる。
 黒髪の長身のその青年は、リゼルの見覚えのある男だった。



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