ストレンジツインズ 兄妹と闇夜の魔物 4


 御者の傷はサーラに寄って癒され、キメラの群れも消えうせ、何事もなかったかのように馬車は再び動き出した。だが馬車の中までは何事もなかったというわけにはいかない。
 兄妹とサーラは好奇の目に晒され続けながら、居心地の悪い馬車旅となった。とはいえ実際に居心地が悪いのはティラだけで、サーラは今までと変わらずフードを目深に被ったままだんまりだったし、リゼルについては今更だ。そんなことで動じるような神経は持ち合わせていない。
 そんな事実にティラが一人釈然としない思いと戦っている間にも、馬車は次の街へと辿りつく。無言のままサーラが馬車を降り、慌ててリゼルがそれを追い、その後にティラも続く。時刻はそろそろ夜へと傾き、足元は闇に沈み始めている。できれば夕食にしたいのだけど、というティラの呟きを聞いたわけではないのだろうが、サーラは一直線に街の酒場へと向かった。
「私も兄も未成年ですが」
 薄暗く静かな店の前で足を止めたサーラに向けて、ティラはささやかな拒否を示した。まぁいいじゃんと、何も考えず気楽な声を上げる兄を睨んで黙らせていると、くす、と笑い声が落ちてくる。
「頼めば食事も出してくれる、別に酒を飲む必要はないよ。ここは静かで旨い。気に入りの店なんだ」
 フードを取り払ってサーラが微笑む。その笑顔に今までのようなとっつきにくさはなくなっていた。ティラがそれに僅かばかり驚いている間に、サーラのローブから覗く白い手がドアを押し、カランとドアベルが澄んだ音で鳴いた。
 そのまま真っ直ぐにサーラは奥の席に陣取り、その向かいにリゼルが、そしてその隣にティラが腰を下ろす。ウエイトレスにサーラが口早に注文し、それからほどなくしてテーブルには旨そうな料理とミルクが3つ並んだ。
「サーラさんは呑まないの?」
「下戸だ」
 意外そうな兄の質問に、サーラはこれもまた意外な答えを返し、ミルクのグラスに口をつけた。
「それよりもまず食事にしよう。腹が減っているんじゃないか、ティエラ?」
 そんな風に振られて、ティラは少し赤面した。確かに、昨日の夜から兄に振り回されっぱなしでろくに食べていない。昨夜のことはともかく、朝はまだ食事中だったところを見られているから、ろくに食べないで兄を追ってきたのは見透かされているのだろう。素直にティラは手を組むと、手短に食前の祈りをし、そして久々にゆっくりとした食事にありついた。
 サーラの言うとおり、食事はどれも旨かったが、店は静かだった。いつものように喧騒に晒されることはない。サーラが気に入りだというのも道理だ。そうやって食事を満喫するあまり、忘れそうになっていたサーラの依頼について彼女が語り出したのは、一通り皆が胃袋を満たしてからだった。
「……君達は、キメラについてどの程度知っている?」
 そんな風に切り出したサーラに、兄妹は顔を見合わせた。
「どの程度って、人並みに。ここ数年、異常発生してるってくらいは」
 兄がそんな風に言い、肯定するようにティラも頷いた。
「そう。このところこの大陸を中心にキメラの被害が相次いでいる。私はそれを専門に解決する、所謂キメラハンターだ」
 顔の方に流れた銀髪を、無造作にサーラの手が後ろに払う。彼女の腕に光るいくつかのブレスレットがぶつかりあって、シャラン、と音を奏でた。 その音に、キメラハンター、そう半数するリゼルの声が重なった。
 キメラハンターというのは、今しがたサーラが言ったように、キメラを専門に駆逐するハンターだ。一体何故、最近になって合成獣(キメラ)が異常発生するようになったのかは解明されていない。だがキメラ達はある日突然姿を現し、月日と共にその数を増しながら人を襲い始めている。その姿や性質は様々だが、凶悪で生命力が強く殺傷能力が高いものが多い。腕に覚えのある冒険者にも恐れられる存在で、キメラハンターはSクラスのハンターより格上の極めて稀な存在だ。
「……それほど力のある方が、兄さんになんの用なんですか?」
 それを踏まえてティラが固い声を上げる。キメラハンターからの依頼など、物騒にもほどがある。そんなティラの懸念を受けて、サーラは少し苦笑した。だが引き下がりはしなかった。
「力があるのは君の兄さんも同じだろう。Sクラスのハンターですら尻込みするキメラを一撃で葬った」
「でもあなたはそれ以上に強い力がある」
「それでも助力が必要だ。だがキメラハンターを生業としていても、これはという者はいなかった。そもそも、私はキメラハンターが嫌いだ」
 ふとサーラの声が翳る。自分でそれを生業としていながらも嫌いだと謗るその真意がわからず、ティラが思わず口ごもる。だがそれが間違いだった。
「俺で力になれるなら」
 にこにことリゼルが安請け合いの言葉を口してしまう。兄さん、と嗜めるようにティラは兄を呼んだが、その言葉をかき消すようにサーラは手を伸ばすとリゼルの手を取った。
「そうか、ありがとう」
 サーラがどんな男も一撃で落とすような微笑を見せ、リゼルもまた男なわけで、それも格段に女性に弱い男なわけで、その結果兄のやる気ゲージがMAXになっただろうことなど火を見るより明らかで。
「サーラさん、兄をあまり乗せないで下さい。あなたほどの人が手を余すことを、兄にどうにかできると思えません」
「今度は随分と過小評価するんだな」
 リゼルの手を握ったまま、サーラが視線だけをこちらに向けてくる。その強い紫の輝きに、怯まずティラもまたじっと彼女を見据え返したのだが。
「昼間は私に吼えたじゃないか。『兄さんは弱くなんかない』と」
「あれは――」
 途端その視線は宙を泳ぎ、さっとティラの顔に朱が差す。そしてその瞬間、サーラの手は空を握っていた。サーラがそれに気付いてリゼルに向き直ったときには、目の前にもう彼の姿はなく。
「ティラーーーー!! お兄ちゃんは感動した!! 俺はティラの為にもっと強くなるよ!!」
 ぎゅうぎゅうとティラを抱きしめながらリゼルが騒ぎ立て、ティラが苦しい、と苦痛を訴えていた。



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