ストレンジツインズ 兄妹と闇夜の魔物 5


 闇はすっかり外の世界を染め抜いていたが、サーラはその日のうちの出発を決めた。そのことについてティラが真っ先に反対の声を上げたのは、当然といえば当然のことである。視界の悪い真夜中の戦闘など不利なことしかない。加えて、相手は獣で、魔成生物だ。自然環境に影響されたりはしないから、このデメリットはフェアなものでもない。
「どうして夜が明けるのを待っては駄目なんですか」
 ティラのもっともな意見を、だがサーラは一刀の元に切り捨てた。
「目立ちたくない」
 合成獣(キメラ)が異常発生しているこのご時勢、夜にうろつくような馬鹿はまずいない。それでなくとも、夜に行動しないというのは冒険者の常識でもあり、そもそも人の生活を営んでいれば自然なことだ。だからこそ、サーラは夜を選ぶのだという。
「あなたの都合にこちらが従う義理はないと思うのですが」
 一回りくらい年下の少女の手厳しい意見にサーラは苦笑を浮かべると、見下ろす視線を上へと移した。
「俺は構わないよ。夜目には自信あるし」
「兄さんは黙って!」
 目を向けられてリゼルは快い返事をしたが、ティラに一喝されてしゅんとする。そして拗ねたように頭を落とすと、両手の人差し指をつつき合わせて、うざいくらい(ティラ談)にあからさまにいじけてみせた。
「ティラは、俺が弱いと思ってるんだ」
「そうじゃ、ないけど……」
 そんな兄に、ティラは苛立ちを多分に含んだ声を上げた。だがそれでも、そうじゃないと言うと弾かれたようにリゼルは頭を上げ、満面の笑みを向けてくる。
「だったら心配しないで待っててよ。ちゃっちゃと片付けて帰ってくるから」
 だがその言葉がティラが髪の毛を逆立てんばかりに怒らせたのは、リゼルが取り合ってくれないからということでも、夜にでかけるからでもない。
「良かった、連れて行くと言い出すかと思ったが」
 サーラの呟きが、とどめとばかりに神経を逆撫でした。ティラの手がテーブルを叩き、その小さな拳では大した衝撃ではなかったが。
「ティラ、おててが痛くなっちゃう……」
「私も行く」
 おろおろとこちらの手を包み込もうとする兄の手を逆に握り返し、視線はテーブルに落としたままティラが呟く。
「でも、危ないよ」
「そうだ。キメラの再生力と殺傷能力を甘く見るな。戦えない者がいては足手まといになる」
 今度はティラが手厳しい言葉を浴びせられることになった。だが率直に足手まといと言われてもティラは動じず、なおギロリとサーラを睨み返す。無論サーラもそれで動じるようなことはなかったが、ティラにしてもそれを期待してはいない。すぐにサーラを睨むのはやめて俯いたティラは、一見納得したようにも見えた。だが。
 深呼吸をひとつすると、ティラは顔を上げた。

「お兄ちゃん……オネガイ。一緒に行きたいの」

 上目遣いで手を組み、可愛く呟いたティラのその声を聞いた瞬間に、結果が見えてサーラは嘆息した。
 よくわからない奇声を上げながらぎゅうぎゅうとリゼルがティラを抱きしめ、ティラが苦しい、とうめく。
 これが既視感(デジャヴュ)というやつかと、ぽつりとサーラが呟いた。

■ □ ■ □ ■

「それで、実際問題俺は何をすればいーの?」
 にこにことまとわりついてくるリゼルを、サーラはまるで蝿でも落とすように払いのけた。ちなみに、蝿とどっちが鬱陶しいかと言われれば、サーラにとっては同等もしくはいい勝負と言ったところか――それにしても。
 下手なナンパを続けるリゼルだが、その手はしっかり妹の手を握っている。「危ないから手を繋いでよーね」、そう言って酒場を出るときからずっと二人は手を繋いでいて、ティラは心底げんなりした顔をしていたがそれでも耐えているようだった。
 男に色目を使われるのは日常茶飯事のサーラだったが、他の女(それも妹)と手を繋ぎながら声をかけてきた男はリゼルが初めてだ。そもそも、超絶シスコンのくせに女癖が悪いとか。女好きなのに女装するとか。そこは普通重複はしないだろう。
「理解に苦しむ」
「え?」
「いや独り言だ。それで、君に頼みたいことなんだが」
 先頭を歩いていたサーラが足を止めて振り返ったので、必然的にリゼルとティラも足を止めることになった。街を出てからもう半刻近く経つ。町の灯はずいぶんと遠くにチラチラしているし、人気はすっかりなくなっていた。今にも闇の向こうから何かが飛び出してきそうで、ティラが我知らず兄の手を握り返す。
「……キメラが発生するのには原因がある。土地に宿る魔力が、時の流れと共に性質を変えて劣化し、現代の力と相合わなくなるからだ。その歪みからキメラが生まれる」
「???」
 サーラが唐突に語りだしたことは、リゼルの問いへの直接的な答えではなくてリゼルが疑問符を飛ばす。だがティラは逆に少し身を乗り出した。
「古代の魔力と現代のそれとの性質が違うことは、魔法が衰退したことについての最も有名な学説です。でもそれはもう随分前から言われていることなのに、どうしてそれが最近になってキメラになるんですか?」
「君は賢いな。……だがその問いへの明確な答えは私も持っていない。ただ、古代の魔力で作られた物質が、制御に綻びを生じさせて暴発するという現象が過去多発したように、現代の随所に澱のように止まっている古代の力が余分な生命エネルギーを生み出している。私に解ることもそれくらいだ」
 それぞれが一息に述べたあと、それぞれには沈黙が生まれた。逡巡するようなそぶりを見せるティラを、サーラが見守るように紫眼に写している。
「……あのー、それで……」
 ややあってから遠慮がちに上がったリゼルの声で、ティラとサーラはようやく彼の存在を思い出したようだった。
「ああ、忘れていた。それで何が言いたかったかというと、キメラが発生する近くには、必ずキメラを生み出すポイントがあるということだ。これは余り知られていないことだし、常人には見つけられない。私はそのポイントを察知してキメラ発生の原因を絶つためキメラハンターをしている」
「それで俺は……」
「だが今回のポイントをまだ見つけられていない。近くまでは探ったのだが、いかんせんキメラの発生が多すぎる。これではどの道見つけるまでに私の力が尽きてしまう。それでリゼル、君に時間稼ぎを頼みたいんだ」
 どんどんか細くなって行くリゼルの声に苦笑を堪えながらのサーラの言葉が終わると、へにゃりとしていたリゼルのアホ毛がしゃきんと立った。同時に、涙目だった碧眼がいきいきと輝きを取り戻す。
「要するに、敵からサーラさんを守ればいいと」
「陳腐に言うとそんな感じだ」
 だるそうに頭をかきながら、サーラは回れ右をして再び歩みを進めた。手を繋いだままのティラがそれを追ったので、一人闘志を燃やしていたリゼルもそれにひきずられていく。
 はあ、とティラとサーラの溜息が重なったそのとき――
 がさりと、すぐ側の茂みが音を立てた。  



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