ストレンジツインズ 兄妹と禁忌の魔法 2


「もう、信じられないッ! 兄さんの馬鹿!」
 ぶつぶつと独り言を言いながら、ティラは一人往来を歩いていた。手紙を出しに行く目的だったが、縋りついてくる兄は引きはがしてきた。めそめそ泣いていたが知ったことではない。そもそもいつものことである。
 いつものことと言い切ってしまうなら、度を過ぎたシスコンもいつものことではあるのだが――
「人の手紙を勝手に読むなんて、いくら兄さんでもどうかと思う」
 手にした封筒をひらひらと振って、ティラは憤慨して熱くなった顔に風を送った。そうして、ちらりと横目で封筒を見遣る。
 ――おそらく兄は、前回巻き込まれた件で知り合った青年と、自分の仲を疑っているのだろう。ティラから言わせれば全くの誤解だが、男と少しでも口をきけば、兄はこうだ。もし恋人でもできたらと思うと先が怖い。
「……恋人、かぁ」
 手を動かすのをやめ、ティラは今しがた考えたことの一部を口にした。ティラはまだ十歳だ。恋など未知の世界であるが、それなりに憧れはある。
「でも、確かにちょっとかっこよかったかも」
 手紙をそっと顔に当て、無意識に呟いてしまってから、ティラははっとして頬を赤らめ、それから慌てて周囲を見回した。万一兄に尾行でもされていて、今の言葉を聞かれていたら大事だ。だが、兄が憤慨して駆けよってくる様子も、めそめそと泣く声も聞こえてこなかったのでとりあえずほっとする。
 まあ、兄は当分再起不能だろう。必殺『お兄ちゃんなんて大嫌い!』の呪文は最低1日は効果がある。
 安堵のため息をつくと、今度は無意識にそんなことを呟いてしまった自分が恥ずかしくなり、それを誤魔化すようにティラは早足で歩きだした。だが、目的の場所がいつまでたっても見当たらない。
「うーん……、この町に伝書屋さんはないのかしら」
 誰かに聞いてみようと辺りを見回す。
 立ち話に興じる女性――話しの腰を折っては申し訳ない。
 小走りで道を横切る男性――急いでいるようで話しかけづらい。
 デート中のカップル――お邪魔虫になりそうだ。
 走っていく少年――年齢的に道案内ができるかどうか微妙なところである。
「……あ」
 ふと、ティラの視線が止まる。
 走っていく少年が、小走りの男性に追い付き、勢い良くぶつかる。よろける男性を尻目に、詫びもしないで少年は路地裏に消えていく。
 慌てて、ティラは彼の後を追いかけた。間一髪、少年が路地裏の細道を左に折れるのが見える。その後ろ姿を慌てておいかける。複雑に分岐する道を、少年は迷いなく走っていき、ティラは必死でその後を追いかけた。やがて大きな通りに出て少年がようやく走るのをやめたところで、ティラも立ち止まる。
「お姉ちゃん、オレになんか用事なの?」
 追いかけていることに気付いていたのだろう。振り返ってそんなことを聞いてきた少年を、ティラは息を切らせながらきっとにらみつけた。
「さっき、財布をスッたでしょ? 見てたんだから」
「だから何」
 取りつく島もない答えだったが、彼はこれみよがしに片手で財布をもてあそんだ。黒い革の長財布は、およそ子どもが持つものではない。スリを働いたことを自ら暴露するような行動はこちらを馬鹿にしているように見え、ティラは眉根を寄せた。
「盗みはいけないことだって、知っているわよね?」
「拾ったんだよ。盗んだんじゃないもん。拾ったものはオレのものだ」
「落ちていたんじゃないでしょう? それは拾ったとは言わないの。だいたい、拾ったものだって役人に届けるのが本当よ。いいから、それをさっきの人に返しなさい。私も一緒にあやまってあげるから」
「うっせぇ、ブース!」
 べっと少年が舌を出した瞬間、その手から財布が消える。手に伝わる重みがなくなったことに気付いて少年がはっとした頃には既に、財布は少年の手から別の人物の手に渡っていた。その人物の鬼のような形相に、余裕綽綽だった少年の顔が恐怖に歪む。

「俺の清楚で可憐で超絶的に可愛い妹に向かってなんてこと言いやがる。取り消せ。謝れ。さもなきゃ斬る」

 相手が子どもだろうとお構いなし。容赦なく淡々と紡がれたリゼルの声に、直後少年は土下座していた。

■ □ ■ □ ■

「……謝ったんだから、返せよそれ」
 立ちあがって膝を払いながら、少年が憮然として抗議する。――腰は若干引けていたが。それでも、隙あらば財布を奪い返そうとしているのが傍目にも解るが、それをリゼルが易々と許す訳もない。
「お前の理論で言ったら、拾ったものは自分のものなんだろ? だったらこれは俺のものだよね?」
 そうにこりと笑いかけられて、う、と少年が言葉を詰まらせる。自分の言ったことに文句は言えない。多少捻くれてはいるものの、そういうところはまだ少年の真っ直ぐさが残っているようだった。そのことにリゼルは微笑んだが。
「兄さん、いつからいたの?」
 ティラの問いかけにびくりとする。
「今日は立ち直らないと思ってたわ」
「……立ち直れそうになかったけど、不快アンテナが……」
 喧嘩したことを思い出したのだろう。汗をだらだらと流しながらもごもごと答える兄に、ティラは呆れた。大した感度の良さである。
 馬鹿にされたことを察知して来たにしてはいくらリゼルにしても早すぎるし、自分と少年の会話を聞いていたのもおかしい。とすれば、不快アンテナが察知したのは、さっきの無意識の呟きだろう。
「下手に独り言も言えないわ」
 口の中だけで呟いたとき、少年がそっと立ち去ろうとしていることに気付く。
「コラ、話はまだ終わってないぞ」
 しかしティラが声を上げる前に、リゼルがその襟首を掴んでいた。
「んだよ!」
「一緒に返しにいくんだよ」
「もう見つからねーよ!」
「だったら役人に届けるんだ」
 どうにかリゼルの手から逃れようと、少年がジタバタともがきながら怒声を上げる。
「なんでだよ! それもうお前のものなんだろ! オレに関係ねーよ!」
「いーや、正義の味方としてはお前の所業は見過ごせないね」
 だがリゼルが至って大真面目にそう述べると、少年はぴたりと暴れるのをやめた。
「正義の味方だって……?」
 そして、くるりとこちらを振り返って、冷めた目で見上げてくる。それは、幼い少年におよそ似合わない、虚ろで病んだ視線だった。思わず絶句するリゼルとティラに向けて、少年が悲痛な声をあげる。
「そんなものいるもんか! 正義なんかなもんか! 勝手に決めるな馬鹿ヤロー!」
 叫ぶ少年の目にはうっすら涙が滲んでいて、リゼルとティラは顔を見合わせたのだった。



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