ストレンジツインズ 兄妹と禁忌の魔法 1


 強い視線を感じる。
 悪意のあるものでも殺気を伴うものでもないが、目立つことをしているわけでもないのにじっと注視されるのは、心地よいことではない。
 とはいえ、視線など確かな感覚の元に感じるものでもない。気の所為だったということだって、多々あることでは、ある。
 だからそんなことは悶々と悩んだところでどうしようもなく、ついにティラは覚悟を決めると、くるりと首を後ろへ向けた。
 ――それと同時に。
 あれほどまでにまとわりついてきた視線は霧散する。
 見遣る先で、兄リゼルが刀の手入れをしている。わざとらしい鼻歌は、今始まったあたりが最もわざとらしい。だが、嘆息して追求するのを堪えると、ティラはまた首の向きを元に戻し、向かっている机に視線を落とした。白かった便箋は、もうだいぶ埋まりかけている。
 締めくくりの文章に悩んでいると、また強い視線を感じる。ティラは深いため息をついた。
 半刻もかからず終わるような手紙に、一体自分はどれだけの時間を費やさねばいけないのだろう。その嘆きもまたぐっと堪え、ティラはまたくるりと振り向いた。しゅばっと――そんな音が聞こえた気がした。いや、本当に気がしただけだろうが。リゼルは何事もなかったかのように、刀の手入れに没頭している――かのように、見える。
「……兄さん」
「ん、なーに?」
 振り向いた兄がにこっと笑う。
 なんたらが転んだとやらでもやりたいのかと思ったが、そうではないらしい。いやそれだって解っているのだが。
 いい加減苛々が限界に来て、ティラは椅子を蹴った。
「どーしたのティラ」
「ぜんっぜん集中できなくて苛々してきたの。……先お風呂入るからね」
 頭をぐしゃぐしゃと掻きむしり、若草色の外套を無造作に外してベッドに投げ捨てると、ティラは風呂場へと姿を消した。
 ほどなくしてシャワーの音が聞こえ、それを聞きながらリゼルは刀の手入れを再開――してはいなかった。
「気になる。気になってぜんっぜん集中できない」
 放り出しそうになった刀を、思い直してそっと置き――母のものを無断で持ち出しているのだ、万一傷などついては命に関わる――、リゼルは机に近づいた。ティラの口ぶりではまだ書きかけのようだったが、綺麗に二つ折りにされた便箋が、封筒の中に半分だけ突っ込まれている。ちゃんと封をしてないところを見ると、やはりまだ書きかけなのだろう。
 シャワーの音がしているのを耳を澄ましてもう一度確認してから、そっと便箋に手を伸ばす。
「『拝啓イリヤ様。お元気ですか? ティエラです。あれから旅を続け、今はヴァニスからはかなり離れたディアヌという街に来ています。……』」
 それは、イリヤに向けて綴られた、当たり障りのない手紙だった。すこし癖のあるティラの文字は、だが女の子らしくて可愛らしく、文字だけでにへらと笑ってしまう馬鹿兄であったが、慌てて表情を引き締めた。そして、夢中で字を追っていく。
「『……旅先は兄さんの気分次第なので、お返事は気にしないでね。でも、リボンを返して貰いに、近いうちまたお邪魔したいと思います。フリートさんにも……』」
 そこで文字は途切れていた。恐れていた名前がついに登場して、リゼルの表情が一気に青ざめる。
「あのムッツリ男め……やっぱり俺のティラをたぶらかして」
「何してるのかしら、兄さん?」
 唐突に声を掛けられ、リゼルは裕に10センチは跳ねあがった。だらだらと体中を汗が伝い、全身が危険と警告を放ってくる。声の主などわかりきっているが、聞くかぎり普段通りのトーンの声の裏には、限りなくドス黒いオーラがあって、リゼルは顔を上げることすらできなかった。しかし――、澄ました耳には、まだシャワーの音が聞こえているのだが。
 それを不審に思い、手紙を手にしたまま、ギギギと錆びついたドアのような動きでリゼルが顔を上げる。確かに、シャワーの音は聞こえていた。開け放しの風呂場の扉の向こうで、勢い良くお湯をまき散らすシャワーと湯気がよく見える。その前に、バスタオルを体に巻き、仁王立ちでこちらを睨みつける恐ろしい形相のティラがいた。
「え、ええと……、ティラは何してるの」
「石鹸を忘れたの」
「あ、そう……」
「他に言うことは?」
 にこ、とティラが微笑む。どこまでもドス黒い何かがつきまとう笑顔に、汗びっしょりになりながらリゼルも微笑み返し。

「んーと、こうゆうこともあるから、今度からは一緒にお風呂に入ろうね!」

 一瞬後、リゼルは容赦のない右グーで部屋の外までふっ飛ばされたのだった。



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