真っ暗闇の中、モニタから零れる光だけが手元を照らす。
静まり返る中、キーボードを叩く音だけが耳朶を打つ。
心地よい環境だ。
文章を打ち終えてエンターキーを押す。自分が今打った文字がモニターに反映される。それからキーを叩く手を止めて、F5を押す。また押す。何度か繰り返す。焦れたようにその間隔が狭まっていき、何度目かでようやく画面に変化があった。
自分が書きこんだ文章の下に書き込みが増える。
その瞬間実感するのだ。
自分がここに存在すること。
自分が認められていること。
自分と同じ思いがあること。
自分はひとりではないこと。
自分に応える者がいること。
暗闇の中の光と音は何よりも幻想的で美しい彩りとリズム。どんなに有名な職人が手掛けたイルミネーションより、どんなに偉大な作曲家の作った曲より、とても意味のある芸術。
にたりと口元が笑みを刻む。明るい場所では、人の前では絶対に見せることのないその笑顔で、たん、と薬指がエンターを叩いた。
さあ、決行だ。愚か者に制裁を。
■ □ ■ □ ■
例の封書を投函した人物が映ったカメラが見つかったのは、会議から四日後の夕方だった。これで何件目だか最早曖昧だが、コンビニの休憩室で防犯カメラを睨んでいると、日野の携帯に連絡が入った。
「見つかったから戻って来いだとよ」
電話を切りながら、げっそりした顔で日野が呟く。それを聞いて真夏もほっと息を吐きだした。
「目がしょぼしょぼしますよ。昨夜なんて夢の中でもビデオ見てました」
「ばっか、夢でくらい仕事忘れろよ。俺なんて昨夜は美女十数人はべらかす夢見たぜ」
そんなことを言われても、真夏も好きで仕事の夢を見ているわけではない。交番にいた頃などは、親からよく寝言がうるさいと言われたものだ。いわく、「こんな所で寝ちゃだめですよ」だとか、「はい、はい、こっちに来てくださいね」だとか言っていたそうで、我ながら呆れてしまうくらいだ。日野が羨ましい。
「さて急いで戻りますか。どうもシャレにならなそーな空気になってきたしな」
ふと日野が真顔に戻り、真夏も緩めていたネクタイを締め直した。
あれからまた嫌がらせがあったのだ。しかも今度は爆発物が投げ入れられるという、かなり悪質なものだった。夜だったので目撃者もなく、こちらも捜査が始まっているが手掛かりはまだ得られていない。一刻も早くポストの洗い出しを進めねば、ということになった。
それもあってだろう、署に戻るなり、二人はさっそく見つかったカメラの映像を見せられた。
黒いパーカーに黒いズボンをはいた小柄な人物が、黒の封書をポストに投函する様がはっきりと映っていた。ただ、パーカーのフードを目深に被っているので顔はわからない。
「これじゃ男か女かすらわからないですね」
「いや、逆にこんだけ目立った格好をしてりゃ追いやすい。目立たないようにして逆に目立っちまってるクチだな。パーカーのフード被ってるやつなんてそうそういない」
疲れ切った声を日野が零す。表情もカメラの確認をしていたとき以上に渋面だ。なぜそんなに嫌そうなのか真夏にはまだわからなかったが、矢代が続けた言葉にすぐさまそれを理解することになった。
「そう言うなら日野はわかってるよね」
もう一度、問題の場所が映った防犯カメラの映像を再生すると、画面の左上から現れた人物が持っている封書を投函し、逃げるようにまた左上へフレームアウトしていく。
「北の方へ向かったな。この通り沿いの店を全部当たって防犯カメラを確認し、足取りを追って家を突きとめるんだ。限定できなければ付近で被害者と関わりがありそうな人をリストアップしろ」
これで防犯カメラとのにらめっこは終わりだと思っていた真夏は、しょぼしょぼした目をこすった。
それからさらに丸一日防犯カメラと睨み合いが続いた。こちらはある程度時間と場所がわかっているので、今までの捜査より少しは精神的に楽だった。そして、真夏達の懸命な捜査の甲斐あって、犯人の住処が特定された――のはいいのだが。
「まじかよ……」
黒パーカーの人物が建物の中へと入っていくカットを見て、日野は絶望的な声を上げた。といっても、ここしばらく真夏は日野のそういった声しか聞いていない気がする。
ちなみに、二人は今その建物の管理人室にいる。こうして確実に犯人の住処を特定できるのも、ここがエントランスに防犯カメラを設置した大きなマンションであるからだ。
そこに入った世帯数、百三十。
管理人の口から出た数を聞いて、真夏は気が遠くなった。