立てつけの悪い扉を押そうとすると、いやに簡単に扉が開いた。修理したのかと思ったが、それは違うということはすぐに分かる。莉子が内側から扉を引いたのだった。
「そろそろ来るかなーって思って」
「参ったな。莉子さんはなんでもお見通しなんだね」
「任せて下さい! ……なんて、本当は窓から見えただけですけどね」
小さく舌を出して、莉子は厨房へと戻っていった。席に着くと、直に莉子が水を運んでくる。
「今日はどっち?」
「どっちだと思う?」
「んー。じゃあ、定食一丁〜!」
洞察力を試すつもりだったのだが、莉子は勝手に注文を決めてしまった。だが優柔不断な真夏にしてみれば、決めてもらえた方がありがたかった。特に好き嫌いはないのでどちらでも構わない。というより、この店の定食もラーメンも真夏は好きだった。素朴で懐かしい味だ。
「……君は、全部知ってたんだね。知ってて、お姉さんと喧嘩する振りして僕にヒントをくれたんだろう?」
莉子が厨房に戻る前に、真夏はそんな風に切り込んでみた。振り向いた莉子が大きく目を見開いて、それからわざとらしくおどけて見せる。
「わあ、名推理〜。佐藤さん名探偵みたいですね〜」
「どっちがだよ。君は不思議な人だね。結局、どうして君が僕の先回りができたのかは考えてもわからなかった」
「それはですねぇ」
気まずそうに莉子が頬を掻く。
「実は友達が被害者の一人でー、個人的にこの一連の痴漢事件を調べていたんですよ。で、痴漢が発生した時間と場所から、もともと聖アリシアに当たりをつけていました」
こともなげに言われて、真夏は絶句した。この少女は、とっくの昔に警察の遥か前を進んでいたのである。
だが、それは仕方ないことだとも言える。現行犯逮捕は一般人でもできる。一般人によって現行犯逮捕されてしまえば、警察としては署に連行して留置するしかない。
そういう、職務の枠を外れた自由な視点で見れば、そう難しくはない謎なのだろう。だが、真夏にはまだ腑に落ちない点がいくつかあった。
「でも、どうしてあの日僕が店に来るってわかったんだい? お姉さんの時計を持ってきたのだって、わざとなんでしょう? それって僕が来ることがわかってたってことだよね?」
「さあ、なんのことでしょう〜」
目を逸らしてとぼけた声を上げ、莉子が厨房へと駆けて行く。
今回の事件が解けたのは、難しくない謎、だったからではなく。それ以上に、少女の頭が物凄く切れるからではないかと。
その推測が確信に変わるのは、また別の事件の話。