日野の言葉通り、カメラに映っていた女生徒の制服は、聖アリシア女学園のものだった。
丁度下校時刻に被ってしまって、校門は同じ制服を着た女性徒で溢れかえっている。
そんな光景に真夏はいささか気遅れしてしまった。こんなことなら、矢代にお願いして日野に一緒に来てもらうんだったとさえ思う。仕事で来ているのに、警察ですと言う前に、校門にいる警備員に取り押さえられてしまいそうな気がしていた。
だが、そんなことで尻込みしている場合ではない。よし、と覚悟を決めて、警備員へと歩み寄る。
「あ、すみません。こういう者なんですが――」
だがそこで、真夏は警察手帳を取り出し掛けた手を止めた。
その視線は警備員を越えて、今こちらに向かってくる女生徒に釘付けになる。ツインテールの両方にシュシュをつけた髪型は防犯カメラの人物と同じで、顔もよく似ているように感じた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。急用ができました」
慌てて手帳を仕舞い、その場を離れる。不審人物みたいになってしまったが、今は問題の女生徒を見失わない方が真夏にとっては先決だった。
充分に距離を取ってから、もう一度さっきの人物を確認する。他の生徒達が、二、三人、もしくはそれ以上のグループで連れだって帰るのに対し、彼女はたった一人で校門を出ると、高級住宅街に続く大通りとは違う道へと歩き出した。
他の女生徒達の流れを見て大通りの方にいた真夏は、それに気付いて、慌てて携帯をかけようとしていた手を止めた。距離は保ったまま、彼女を追ってそちらの方向へ向かう。どんどん人気のない方へと向かった彼女は、やがてお世辞にも柄のよくない男たちと合流した。
その時点で、もう一度携帯を取り出して、ボタンを押す。
「佐藤です。偶然例の女生徒を発見したので声をかけようとしたのですが、柄の悪い男たちと親しく話をしているので、そのまま様子を見ています。はい。――はい。了解しました」
電話を切って尾行を続ける。やがて、人気のない工場のようなところに辿りつくと、男達の一人が女生徒に封筒を差し出した。その中身を覗いて、女生徒がきゃあ、と歓声を上げる。
「やった、これで新作のバッグ買える!」
満面の笑みで封筒を鞄に仕舞うと、彼女は封筒の代わりに煙草を取り出して咥えた。それに男が火をつけてやる。
「ねー、今度は新作の靴が欲しいんだけど、もうないの?」
「馬鹿言え、今までの報酬で十分だろうが。これ以上同じ手口を重ねたらサツも勘づくかもしれねえ。そろそろ店じまいだ」
「えぇ〜」
不満そうな声を上げながら、ふぅっとため息のように女が煙を吐き出す。彼女は地面にしゃがみ込むと、しばらくしかめっ面で煙草をふかしていたが、やがて煙草を投げ捨てると立ち上がった。
「まぁ、いいわ〜。服もアクセもいっぱい買えたし。でもまた儲け話があったら教えてねぇ」
ばいばい、と手を振って踵を返し、女生徒がこちらに向かって歩いてくる。まずい、と真夏は焦った。男の数は三人。抵抗されたら一人で取り押さえるのは無理だ。ここは一度退くべきと慌てて引き返そうとした真夏の耳に、女生徒の悲鳴が聞こえた。
「離してよ!」
「静かにしろよ。一応弱味を握っとかないと、お前が警察に喋らないとは限らないからな」
何事かともう一度様子を窺うと、下卑た笑顔を浮かべながら、男が女生徒を拘束している。それを見て、真夏は咄嗟に飛び出していた。
「や、やめろ!」
正しい判断かは解らなかったが、今自分を止めなければ女生徒が酷い目に遭わされることは確かだ。自業自得と言えばそうだが、かといってそれを見過ごす気にはなれなかった。
飛び出してきた真夏を見て、男達が身構える。警察学校で逮捕術くらいは学んでいるが、男三人をねじ伏せられるほど真夏は腕に覚えがない。
「警察だ! 間もなく、大勢仲間が到着する。抵抗しても罪が重くなるだけだぞ!」
はったりで凌ぐしかなかった。警察手帳を見せると男達は一瞬怯んだが、それでほっとするのは早かった。
「畜生!」
女生徒を拘束していた男が、自棄になってこちらに殴りかかってくる。咄嗟に真夏が取れた行動は、顔と頭を両手で庇うことだけだった。
だが、覚悟した衝撃はいつまでたっても訪れない。怪訝に思いながらガードを解いて目を空けると、二人の男が呆然と自分の向こうを見ていた。振り向くと、殴りかかってきた男が倒れて伸びている。
「……え?」
状況がつかめずぽかんとしていると、視界の端で何かが動いた。それを追う。目に入ったのは、肩で揺れる茶色の尻尾。
「お前、今なにをした……ッ!」
驚きの隠せない声と共に、拳を振りかぶった男が宙を舞う。見る間に二人の男が地面に転がったのを見て、最後の一人が懐からナイフを取り出した。
「このアマ……!」
彼の言葉通り、次々と男をねじ伏せているのは女だった。
赤いラインが入った、スタンダードな紺色のセーラー服に、見覚えのあるポニーテール。
「君は、まさか……!」
言葉半ばで、男がナイフを振りおろす。あぶない、と真夏が飛び出す前に、女は男の手をとって腕を抱えていた。男が苦悶の表情を浮かべてナイフを取り落とす。そのまま彼女は男を地面にねじ伏せると、腕をねじり上げたまま動けないようにその背に乗る。
「ちょーっと詰めが甘かったですねぇ〜」
そう言って振り向いたのは、ラーメン屋の娘、莉子だった。
「ど、どうして君がここに……!」
「さっき署の前にいたんですよー。熱い視線を送ったのに、佐藤さん全然気付いてくれないんだもん」
「でも、僕は車で移動したんだよ!」
セーラー服を着ているところを見ても、莉子はまだ学生だろう。車を運転できるとは思えない。納得行かない様子で叫ぶ真夏に、莉子はんー、と気まずそうな声を上げた。
「チャリ専用の秘密の抜け道ですよ。それより、ほらほら、手錠手錠!」
「あ、ああ、ごめん」
まったく理解できず混乱しながらも、莉子に急かされて男に手錠をかけた丁度そのとき、サイレンの音が聞こえてきた。
「お仲間のご到着だね。それじゃ、私はこれで!」
唖然とする真夏を置き去りに、莉子は自転車に飛び乗ると、パトカーの音とは逆の方に走り去って行った。