FAKE ROMANCE 6



 夜更け。急速に意識が覚醒し、ティルはシーツの中で目を開けた。小さく欠伸をすると、大きく寝返りを打つ。その瞬間、今まで寝ていた場所を何かが貫いたのを背中で感じて起き上がる。そちらを見やると、白銀に輝く両刃剣が、シーツごとベッドを貫いていた。
「ハイ、残念でした」
 その剣を引き抜こうとしている細い腕を掴んで、淡々と言うと、その相手は――勿論リーゼアだ――悔しげに顔を歪めた。まだあどけなさを残すその顔は、笑えばきっと可愛らしいだろうに、生憎とそういう表情を向けられたことはない。
「離せ!」
 ついでに、可愛らしい声というのも向けられたことはない。常に怒鳴っていて、自分が不利だろうがなんだろうが、いつだって命令形だ。そんな風に威圧的に喋られると、返って聞く気をなくすものである。
「やだ」
 端的に答え、逆に握る力を強めると、リーゼアは振り払おうともがいた。だが全く解ける気がしない。驚くほど非力だ。
「離せ変態!!」
「だからさあ、何回忠告させる気? 狙ってもいいとはいったけど、寝込みはやめようよ。ホントに襲うよ?」
 罵倒を無視して、呆れ混じりにティルは何度目だかわからない忠告をした。この学習能力のなさには本当に呆れを通り越して苛立ちすら感じる。痛い目を見ないと解らないなら、いっそ痛い目を見せてやろうかという気にもなる。顔を背けようとしているのを顎を掴んで阻止し、無理矢理こちらを向かせ、かなり本気で睨みつけたのに睨み返されて、やはりわかってないことを確信した。
「でも、寝込みでもないと勝てない」
 悔しげな呟きが、さらにそれを裏付ける。
「寝込みでも勝ててないだろ? 意味ないじゃん」
 顔を掴んでいる手を、リーゼアが片手で必死に引き剥がそうとする。どうということのない力だったが、睨んでも意味がないようなので離してやった。すると彼女も手を離して、そしてその手で目をこすりだす。眠たい訳ではないだろう。だとすると考えられるのはひとつで、ティルは頭を抑えた。
「……わかった。俺が悪かったから。泣くのはヤメテ」
「な、泣いてない! それよりいい加減に離せ!」
「リズちゃんが俺の忠告を理解したら離してあげる」
 どうにか体勢は立て直したが、剣を持った手が未だ自由にならず、リーゼアが怒鳴る。ここぞとばかりにティルが言うと、
「理解してる。というか貴様が変態だということは最初から知ってるぞ」
 まったく説得力のない返事が返ってきた。それでついに苛立ちが限界を越える。その空気を感じて、リーゼアがびくりと肩を跳ねさせる。こちらの行動を予測できるくらいには学習能力があるらしいが、予測したところで抗えなければ全く無意味だ。どんなに抵抗されても、小柄で非力なリーゼアを押し倒すくらいは造作もない。
「じゃあなんでこういう事態になるんですか、リズちゃん」
 彼女を組み敷いて問いかけると、抵抗を続けながらも意外にリーゼアは落ち着いた声を返してきた。
「どうせ貴様は姫様しか見えてないだろう」
 不意を突かれ、一瞬ティルは黙った。だがリーゼアの言いたいことを察して、もう一度呆れる。わかってない。本当に、わかってないにもほどがある。
「そうだよ。それはその通りだけどね、もーひとつだけ忠告しといてやる」
 もがくリーゼアに、唇が触れそうなほど顔を近づける。彼女が喉の奥で、引きつった声を上げるのもよく聞こえるほど近く。
「別に俺、愛なんかなくてもやることはやれるからね?」
 咄嗟には理解できなかったのだろう。大きな瞳が混乱に揺れる。だが、徐々にその意味が浸透してくるにつれて、そこにはありありと蔑みの色が広がっていった。
「変態! ケダモノ! この下衆が! 離せ、汚らわしい!」
「だから男は大体獣だって言ってんじゃん。解った?」
「貴様が下衆だということはよく解った!」
「……まあ、いいや、もう」
 疲れたように呟いて手を離すと、リーゼアは脱兎のごとく飛び退る。それを後目にシーツの中に潜ろうとすると、派手に穴があいていることに気づいた。そういえばさっき串刺しにされたことを思い出す。
「あーあ、破けちゃったよー。ただでさえ寒いのに」
「だったら服を着ろ変態!」
 上半身は何もまとっていない、いつものティルの就寝スタイルをリーゼアがなじる。その理由は説明したはずなので、面倒そうにティルは口を開いた。
「だから、持ってない――」
 だがそこまで言いかけて、軽い衝撃を感じる。何かを投げつけられたのだと解り、手探りで投げられたものを確認すると、紙袋のような感触に指が触れた。
「……何」
 問いかけたのだが、荒々しい足音と部屋の扉を閉める音に掻き消された。リーゼアの気配が消えてしまうと、まるで別の場所のように虚しい空間へと部屋が変化してしまうことに苦笑しつつ、枕元のランプに明かりを入れる。
 改めて投げつけられたものを確認すると、やはり紙袋で、中には無造作にシャツが一枚突っ込まれていた。
「うーん、これ着て寝ろってことかなあ」
 答えてくれる相手はもういなくなってしまったが、からっぽの部屋にティルは疑問を投げかけた。無論返事は返ってこないが、十中八九そうだろう。広げてみても、飾りも模様もない、なんの変哲もない白いシャツである。
「……色気ねー」
 思わず呟く。だが見る限り新品のようなそれは、わざわざ買いに行ってくれたのだろうか。それを思うと、苦味のない笑みが零れた。

 物心つく前から、命を狙われるのは日常茶飯事。だがそれも悪くないと思い始めたのは、ここ最近のことである。