謎の青年 5



「それにしても、妙なことになりましたねえ……」
 日が落ちて、一同は割り当てられた部屋の片方に集まっていた。ただし、セラの姿はない。ライゼスとティル、そしてリュナは、レイアが眠れば仕事が終わるのだが、セラは屋敷の警備全般とエズワース本人の身辺警護全てを受け持っているので、夜になれば休めるわけでもない。それに、例の青年についても探ると言っていたので、休憩が貰えても戻ってはこないかもしれない。ライゼスの呟きにリュナはきょとんとし、ティルは特に何にも言わなかった。元よりライゼスも返事は期待していない。単なる独り言に過ぎなかった。
 王女が賞金稼ぎの真似ごとに、その後は資産家の護衛だ。どこまで探しても、そんな姫君はどこにもいないだろう。その独り言は胸にだけ仕舞って、ライゼスも沈黙する。
「ねえ、ライゼスさん達って、騎士様なんでしょう? こんなところでいつまでも油売ってていいんですか?」  ぼんやりしていると、痛いところをリュナに突かれた。しばらく考えて、言葉を選ぶ。
「なんというか……僕らは特殊な部隊で。日頃あまりすることはないんですよ」
「ふーん?」
 リュナの返事は、納得したようなしていないような曖昧なものだったが、追及はしてこなかった。その代わりに、今度はティルへと視線を移す。
「で、ティルちゃんはなんでそんなに女の子らしいんですか? ダンスとかできたり、喋りも振る舞いも、まるでお姫様みたいです」
 さらに痛いところを突かれ、ティルは押し黙った。まさか元姫だとも言えない。だが何と言おうか迷っている間に、ライゼスが言葉を挟んでくる。
「でもリュナ、よく最初からこの人が男だって解りましたね」
「…………」
 フォローのつもりなのだろうか。いやそうでなくても、助かったのは事実だ。だがなぜか増していく不快感とティルは戦っていた。だが、反面――自分でもどうしようもなく空しいのだが――、リュナが自分を最初から男だと見抜いていたのには、ティル自身も驚いていた。二人に不思議そうな目で見られ、リュナがぱちくりと隻眼を瞬かせる。
「うーん……? 確かに見た目は女の子みたいに可愛いですけど、ティルちゃんは普通に男の子ですよ? ていうかあたしのパパも、女の人みたいに綺麗ですし。だからあたしも、パパみたいに美人になるんです、きっと」
 期待を込めた目で、リュナはうっとりと胸の前で手を組んだ。途中から激しく脱線していたが、その方がライゼスもティルも都合がいいので特に突っ込まない。
「というわけで後で泣きを見ても知りませんよ。ゆくゆくはティルちゃんより美人になってやるんですから」
 放っておくと、リュナはそのまま話を続けた。だがうっとりしていた目は一瞬後にはジト目になってティルは苦笑した。どうも着替えの件を根にもたれてしまったらしい。手を出しても罵られるが、興味がないといえばそれもまた禍根を残すから、女性は面白い。そんなことを思いつつ、ティルはリュナのピンクがかかった茶髪を撫でた。
「心配しなくても、リュナちゃんは十分可愛いよー」
「……すごく遊ばれてる感じがします」
「そう?」
 幼くても気難しいものだ。といっても、幼いのは見た目だけなのを思い出す。どうもリュナを見ていると忘れそうになる。じゃあ、と手を頭から頬に滑らせて、さらに顎へかける。そして、リュナの顔を少し持ち上げ、引き寄せた。 「可愛いよ。凄く」
 囁くと、途端にリュナが耳まで赤くなる。それと部屋の扉が開いたのは、同時だった。
「ティル……そんな小さい子にまで……。少し節操が無さ過ぎだぞ」
 その向こうから現れたのは勿論セラで、彼女はティルを見ると呆れた声を上げた。これ以上無い程の最悪なタイミングに、ティルが慌ててリュナから手を離す。
「い、いや! 節操ないってそんな! 俺はセラちゃん一筋だよ!?」
「そういう所が節操無い」
 ぴしゃりと言われて泣きそうになっているティルを、まだ赤い顔をしながらリュナが睨む。
「ティルちゃんってすごく女性慣れしてますよね」
「人聞き悪いこと言うなよ! 女性慣れしてるのは、女として育てられたからで……ッ」
 悲鳴のように叫んでから、ティルははっと口を押さえた。セラに嫌われたくない一心で、とてつもなく余計なことを口走ってしまった気がする。そんな一連の光景を冷めた目で見ていたライゼスは、聞こえるように大きなため息をついた。
「……そうだったんですか? 確かにでもティルちゃんくらい可愛かったら、女の子にしてしまいたい気持ちは解らなくもないですが」
「解るなよ」
 疲れたように吐き捨てて、ティルはのろりと立ち上がった。
「俺、寝る」
 そのままよろよろと、もう一方の部屋へと帰って行く。ぱたんと扉が閉まり、それを見ながらリュナはぽつりと呟いた。
「あたし、苛めすぎましたか?」
「そう思うならほどほどにしてやってくれ」
「でも今のはどっちかといえばお姉様の方が……」
 ベッドの上にあったクッションによいしょと手を伸ばし、リュナはそれを抱え込みながら、セラを見上げた。
「……ティルちゃんはほんとにお姉様一筋だと思いますよ」
 ティルの自業自得とはいえ、去り際があまりに可哀想だったため、一応リュナはフォローしておいた。だがセラはそれを一笑する。
「女好きなだけだ」
「そうですかね?」
「……っていうか、男っぽく見られたくて無理してそうしてる気がするよ」
 気のないセラの言葉に、リュナはクッションに顔を埋めた。確かにそれもあるのかもしれないが、セラにこう言われてしまえば哀れとしか言い様がない。だがこれ以上は自分が口出ししても仕方ないので、リュナはそのまま口を噤んだ。代わりに、それまで沈黙を守っていたライゼスが声を上げる。
「それよりセラ。例の青年のことは何かわかったんですか?」
「ああ――いや。というか、他の者たちに頼まれたので、少し稽古をつけていた。それですっかり忘れてたな」
 罰が悪そうにセラがそんなことを言って、ライゼスは言葉を失った。思わず時間が止まったように、口をぽかんと開ける。呆れを通り越して別次元へ行きそうになるが、怒りと共にどうにか帰ってくる。
「何しにここに来てると思ってるんですか!?」
「いや、まあ、その……済まない。何か情報が聞けるかと思って引き受けたんだが、少し興じすぎた。だけど他の雇われ兵と打ち解けておいたほうが、情報は聞き出しやすいだろう? そんなに怒らなくていいじゃないか」
 謝りこそしたが、それほど反省しているとも思えない言い様に、ますます開いた口が塞がらない。また胃が痛み出して、ライゼスは腹を押さえて立ち上がった。
「……セラはあてにならないので、明日からは僕も探してみます。おやすみなさい」
 おやすみ、というのんびりした声が背後で聞こえて、それがライゼスの苛立ちを増幅させる。怒りに任せて勢いよくドアを閉めたい衝動にひたすら耐えて、ライゼスはそっとドアを閉めたのだった。

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