リュナの依頼 1



 ランドエバーに到着すると、リュナは城下の散策に出かけると一人町に消えていった。そのお蔭で彼女の目を気にすることなく城に戻ることができ、ライゼスはほっとしていた。だが、王の執務室に向かったセラがその扉を開けるや否や、一気に胃が痛みだす。
「父上、外出許可を下さい」
 ノックも挨拶もなく、開口一番セラが言う。彼女の父である国王アルフェスは、そんな娘の様子に頭を押さえた。机の上に散乱する書類の山よりも、この娘の方がよほど彼を悩ませる。その脇に控える騎士隊長ヒューバートは、そんな父娘の様子に苦笑していた。
「姫〜、ただいまも言わないうちにそれですか?」
「どうせ直ぐに発つので必要ないかと思いました」
 皮肉めいたヒューバートの言葉に、セラが至って真面目な声で返答する。その辺りでようやくアルフェスは頭を上げた。
「セラ。あまりラスに苦労をかけるな」
「問題ありません。彼も連れて行きますので」
 全く意味のわからない理屈を展開されて――ライゼスは顔を引き攣らせた。国王の前でなければ皮肉か怒声の一つや二つ、いやそれ以上投げつけているところだ。だがさすがにこの場ではそれも叶わない。
「それが問題だと言うんだ。今回の件でラスの謹慎処分が決定した」
 代わりに国王が的確な突っ込みを入れてくれたことに、少しだけ満足し、だがそのあと続いた言葉に、再び気分は滅入ることになった。前回の任務ではセラを止める立場にありながら、ミーミアでは派手に暴れるわ、任務内容に違反して深追いし、黒幕を死亡させるわなど、自分でも散々なことをしたと思う。いくら国王が寛容といえども庇いきれるものではないだろう。否、本当なら謹慎で済むようなものではないので、充分寛容な処置だとも言える。
「何故ですか」
 しかしセラには解っていないらしい。彼女は全く語調を変えずに続けた。
「ラスは私の命に従っただけです。側近として当然のことでしょう」
 側近だと思ったことはないと言う癖に、こういうときだけは臣下扱いだ。セラはうまい言い訳のひとつとして使っているだけなのだろうが、ライゼスとしてはいい気はしない。
 顔をひきつらせたり、頭を押さえたり、渋面になったりと落ち着かないライゼスを見て、国王が苦笑する。だが、それを赦免の気配と取ったのか、セラが少し表情を緩ませるのを見ると、アルフェスは軽く咳払いして笑みを消した。
「……それで、その賞金稼ぎというのは何者なんだ。さすがに素性の知れぬ者との同道は認められない」
 厳しい口調で、アルフェスはセラの外出の理由を追及した。賞金稼ぎはハンターギルドが発行する資格を持ってさえいれば違法ではないが、ランドエバーではあまり歓迎されない。近衛騎士団が治安を取り締まるランドエバーにおいては、賞金稼ぎが儲けていることは騎士の怠惰を示すようなものだからである。故に騎士が賞金稼ぎに協力するなど、前代未聞だ。
「自分の素性が明かせない以上、私も彼女の詳しい素性は聞いていません。しかし十五の少女です、危険人物とは思えません。賞金稼ぎとしてのライセンスも持っていました。発行元はスティンです。それと隻眼で、精神魔法を使います」
 現在解っている限りのリュナの素性を、セラが並べる。たいした情報は無かった筈だが、国王もヒューバートも、思う以上の反応を見せた。
「隻眼のマインドソーサラーだって?」
 ヒューバートが素っ頓狂な声を上げて、アルフェスと顔を見合わせる。
「どうかされましたか」
「……いや。もしかして、名前をリュナーベル・リージアと言わなかったか?」
「フルネームまでは。しかし、リュナと名乗っていました。ご存じなのですか?」
「――何故」
 国王は何かを確信したようで、手を口元に上げて唸った。そして立ち上がる。
「直接会おう」
「やめて下さい。私が王女であることが解ってしまいます」
 椅子を離れた父を、セラは慌てて止めた。セラとアルフェスは瓜二つなのである。どう見ても無関係には見えない。
「そうそう。それにそんな時間もないでしょ。で、どーすんのアル……や、陛下」
 セラだけでなくヒューバートにも制されて、アルフェスはしばし悩んだが、結局また椅子に腰を据えた。そして一旦目を伏せ、考えをまとめる。目を開けると、軽いため息交じりに言葉を吐いた。
「……解った。セラの外出を認めよう。だが、騎士が個人に、それも賞金稼ぎに協力する訳にはいかない。行くならば騎士ではなく、無論王女でもなく、個人として行け」
「解りました。ありがとうございます!」
 色々条件はついたが、とりあえず外出を認められて、セラが顔を輝かせる。そしてそのまま執務室を飛び出して行った。そんな娘を父王は複雑そうに見送っていたが、何か言いたそうなライゼスに気付いて、すぐに視線をそちらへと戻す。
「済まない、ラス。今回の謹慎は、さすがに私にもどうしようもない」
「いえ……、陛下にはご心労をおかけしてしまって、申し訳ありません。姫を止めるべき立場にありながら、あのような事態を起こしてしまい」
「いや、それについては私もどうこう言えないんでね」
 苦笑するアルフェスを見て、ライゼスはふと、セラが母親のミルディンにそっくりだとことあるごとに周囲が漏らしているのを思い出した。その側近であったアルフェスも、自分と同じような苦労をしてきたのだろうかと、そんなことを考える。
 だがそうであったとしても、謹慎が決まったというからには、元老院の重臣もそろそろ腹にすねかえているのだろう。国王にどうしようもないものを、ライゼスにどうにか出来る筈もない。黙っていると、ふと国王は声のトーンを変え、そして会話の相手も変えた。
「それと、ティル」
 急に声をかけれられて、沈黙を守っていたティルが訝しそうに顔を上げた。
「リルドシア王の容体が思わしくないようだ。レイオス王子から書状が届いている」
「……」
 アルフェスが告げた言葉に、ライゼスもまたティルの方を窺い見た。だが、とくにその表情に感情は見えない。
「読むかい?」
 言いながら、アルフェスは懐から一通の封書を取り出していた。差し出され、ティルが書に目を向ける。宛名はランドエバー国王になっていたが、読むよう目で促されて、ティルは封書を受け取ると、ざっとそれに目を通した。そして、無言のまま国王へと返す。
「ティル、私はリルドシア王に君を守ると約束している。状況がどうあれ私は約束は守るつもりだ。だからどんな答えを出そうと君の自由だよ。その上で考えて欲しいんだが」
「私は……」
 国王にそう告げられ、口を開きかけ、閉じる。迷ったのは答えをではない。ちらりと横目で見られて、ライゼスはその碧眼を見返した。
「僕に聞かれて何か不都合なことでも?」
「……いえ。そういう訳ではありませんが」
 誰に対して喋っているのかとライゼスは訝しんだ。考えるまでもなく自分への返事に決まっているのだが、敬語を使われたことなど今までないからだ。二重人格、と心中で呟きながら、ライゼスは一礼して下がった。
「ずいぶん息子と仲が良さそうだな?」
 ヒューバートがニヤニヤと笑う。ティルは表情を動かさず、淡々と答えた。
「そうですね。ご子息にはお世話になっております」
「はは、嘘つけ。あいつ昔から友達いねーんだ」
 やはりさっきのは皮肉だったのだろう。自分の息子に対して辛辣な言葉をズケズケという彼に、隣でアルフェスが溜息をつく。
「君たちは歳も近いから、仲良くなれるかと思ったのだけど」
 そう言われれば苦笑するしかない。ティルにしても友人がいたことなどないのだが、ライゼスと友好的な関係を築ける日が来るとは思えない。セラのことがなければ或いは、とも思うが、そもそもセラがいなければ関わることもないだろう。
「……先ほどの件ですけれど」
 そうして他愛のない話に終止符を打つと、アルフェスもヒューバートも表情を変えた。その二人を見ながら、ティルは言葉を継いだ。
「もし、お許しを頂けるなら、私は――」
 そして、彼が下した決断は。