12.
遺跡の中は薄暗く、辺りの様子が見えない。明かりを作ると、中の様子は一変していた。足元は土と岩ばかり、部屋というよりも洞窟になっている。一瞬違う場所に来たのではと危惧したが、魔法の灯りが銀髪の青年を捉えて、ライゼスはそちらに駆け寄った。その傷と出血を見て顔をしかめる。
「……こんな傷で、よくあの仕掛けを全部解いたものですね」
一旦灯りを消し、回復魔法を唱える。遺跡の中にさきほどまで満ちていた光の力は消えており、明かりをつけたまま回復魔法を使うことはもちろん、回復に専念しても満足な効果が得られない。
「せめて、セラがいれば……ッ」
傷が深すぎて魔法がとても追いつかなかった。セラの
「……起きて下さい。起きろ!」
容赦なく頭を殴ってみるが反応はない。もしかして死んでいるのではと焦ったが、辛うじて脈はあった。ひとまずほっと息をつくが、このままここで立ち往生しているわけにもいかない。ライゼスは一計を案じた。
「――いいんですね? セラは僕がもらっても」
「嫌だ!」
唐突に碧眼が開き、ティルがガバリと起き上がる。さっきから起きていたのではないかと訝しんだが、その目にこちらを捉えると彼は心底驚いたような顔をした。それで、やはり今気が付いたことがわかる。
「本当に起きると思いませんでした。恐ろしいですね、あなたのその執着心」
「イテテ……何でお前がいるんだよ?」
「どっかの馬鹿がふざけたことするからです」
治癒を続けながら、ライゼスは吐き捨てた。
「セラちゃんたちは」
「二人は脱出させました。というより僕しか通れませんでした。セラの潜在能力で僕の力を底上げして、一時的にですが僕の力が遺跡を凌駕したために通れただけで――まあ、要するに賭けです」
「よくわかんねーけど、バッカじゃねーの。なんでそこまでして戻る必要がある?」
「だから馬鹿はそっちでしょう。いい加減にしてくださいよ、その自己犠牲精神。いつまで悲劇の姫君気取る気なんです?」
「姫言うな! ……そんなんじゃない。合理的に考えて、あの中じゃ俺がいちばんいなくなって差し支えないだろうが」
「僕はそうですけど、セラやリズにとっては違うでしょう!?」
「同じだろ!? セラは――――」
声を荒げたために、傷が痛んでティルは口を閉じた。それで冷静になると違う疑問がよぎる。
「……なんでそこでリズちゃんが出てくんだよ」
「見てればわかりますよ。妹ですし」
失言だったと思うが、リーゼアが態度に出すぎるのだから仕方ない。ティルは舌打ちするとライゼスから目を逸らした。
「リズちゃんが寂しがってるのはお兄様のせいだろうが。でも立場と家柄のせいで誰にも言えなかった。俺は丁度良い他人だっただけだ」
「確かに僕はリズの気持ちを考えてなかった。そのせいで貴方にも迷惑をかけたかもしれません。でも……妹がそんな軽い気持ちだったと思われるのは兄として心外ですね。些細なことでうじうじ拗ねてるあなたと違って、前に踏み出そうと必死なんですよ。あれでも」
「…………」
ふと、ティルが沈黙する。また気を失ったのかとライゼスが顔を上げるが、彼は目を見開いたまま、だがその瞳はどこか虚ろに宙を捉えていた。
「――別に、妹のことを貴方が気に病むことはありませんよ。それについては僕が悪かったんですから」
「いや、リズちゃんのことは俺も悪かったよ。……けどリズちゃんを寂しがらせてるのはお前のそーゆーとこだ」
「……?」
「セラちゃんのことなら、こうはならねーだろ」
「それは……」
根本的に関係性が違う。だがそれがリーゼアにとっては理由にはならないことにはもうライゼスも気が付いている。ティルは溜息をつきながらライゼスの治癒の手を掴んでどけると、刀を杖がわりにして立ち上がった。
「まぁ……リズちゃんなら大丈夫だろ。俺と違って強ぇし。お前の妹にしちゃいい女だ」
「貴方からそんな賛辞をもらっても妹は喜ばないと思いますが」
「そーだろうな」
「ところで、拗ねてるのは否定しないんですね」
また遺跡がグラリと揺れる。ティルは横目でライゼスを一瞥して、刀を抜いた。
「ああ。俺も幼少から信じあえる幼馴染を守っていける人生が良かったよ」
「……それをぽっと出の男に脅かされる人生になりますが?」
暗い遺跡にティルの笑い声が響き渡る。
「脅かした覚えはないが……俺ならそんな奴、ブッ殺しちゃうけどね」
闇に刀が閃き、ライゼスのすぐ傍で獣の断末魔が響く。
明かりを出すと、黒い獣がティルの刃に貫かれ、塵へと化していくところだった。
「僕を殺せないくせに、よく言いますよ」
「借りを返しただけだよ。……とっとと出よーぜこんなとこ」
フラフラと歩きだすティルの背を追いながら、ライゼスは嘆息した。
(理由はないけど傍にいてほしいってのの、何がそんなに不満なんでしょうね、この人は)
ティルの様子がおかしくなったのは、レアノルトで偶然聞いてしまったセラとリーゼアの会話が原因だろう。それがわかっていて、ライゼスはその言葉を飲み込んだ。天敵に、わざわざ教えてやる義理もないだろう。