第4章 終焉者は謳う3
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 それから、セラは改めて自分の為に用意されたというこの部屋を見回した。窓に格子などはなかったが、飛び降りられる高さではないし、足をかけられるようなところも、つたって降りられるようなものもない。扉と窓以外に外に通じていそうなものはなく、部屋の中は物で埋め尽くされているくせに使えそうなものはなかった。何より、出ようとすればティルが邪魔をする。剣は没収されなかったので戦うことはできるが、ティルは手加減してやり過ごせる相手ではない。ティルを切り伏せて脱出したのでは、何のためにここに来たのかわからない。
 そのティルも、部屋を出ようとするのをやめれば、部屋の隅で刀を抱えて座ったまま動かない。ひとまずは部屋を出るのを諦めて、セラはこれからの行動をあれこれと模索したが何も浮かばなかった。こんなときライゼスがいてくれれば――、思わずそんなことを考えてしまって、セラはそれを思考から追い出すように頭を振った。
 一人で来てしまったことを少しだけ後悔したが、剣を手にしたライゼスの姿を思い出して考え直す。あの姿をもう一度見るより苦痛なことなどない。
 自分で何とかしようとセラは再び考え始めたが、結局それも長くは続かなかった。どう考えても手詰まりだ。もう少し状況が動くのを待つよりなかった。そこに行きあたって、セラは再び立ち上がるとティルの傍に屈んだ。話相手にはなってくれそうもなかったが、ただじっと待つというのは得手ではなかった。だが彼に視線を当てると、短くなった銀髪に胸が痛んだ。
「……綺麗だったのにな」
 その髪に触れようとして、だが思いとどまる。
「ごめん……ティル。多分私は、ティルのこと沢山傷つけたんだと思う。せめてちゃんと返事したいけど……解らないんだ。ティルのこと好きだけど、多分お前が言ってくれてる好きとは、違うんだと思う……」
 宙を迷う手を握り締める。もどかしかった。“好き”という感情を、もっとちゃんと理解していれば、もっとはっきりした答えが返せただろうに、それがどうしてもセラにはわからない。わからない以上、返事はできなかった。
「でも……私はちゃんとティルが笑うのを見たいよ……」
 見つめる先で、不意にティルは立ち上がった。だがそれはこちらに応えてのことではないことは、近づいてくる足音で解る。セラもまた、小さく息を吐くと立ち上がった。扉が開いたのは、それからすぐだった。
 だが現れたのはクラストではなく、セラは突然の来訪者に目を丸くした。相手もまた、慌てた表情をしている。
「……本当に、セリエラ王女なのか?」
 多少どもりながら、だが唐突に問いかけてくる。
 二十後半ほどの、黒髪黒目の青年で、実直そうな風貌をしていた。勢いに押されながら、咄嗟に取り繕えずにセラが頷くと、彼は慌てて膝を折った。
「不躾に済みませんでした。非礼をお詫びします」
「……貴方は?」
 恐る恐る問いかけると、彼は跪いたまま顔だけを上げる。
「シヴィリオ・セル・ツィア・アークル=ルートガルドと申します」
「では……」
「クラスティオの兄です」
 セラが考えたことを、そのままシヴィリオが述べる。
「弟が無理に貴女を連れてきたと聞いて――」
「兄上」
 シヴィリオの声は、氷点下の声に割られた。その声がセラには誰のものか解らなかったのだが、現れた人物を見て、セラは酷く驚いた。
「クラスト!」
 一瞬別人なのかとも思ったが、シヴィリオが呼んだ名がそれを否定する。
「ボクのものに勝手に近づくな!」
 クラストにはいつもの笑顔どころか、余裕さえなかった。まるで幼子が我儘を言うようにクラストが叫び、諌めようとする兄の手を邪険に振り払う。
「セリエラは彼女の意思でボクの元に来たんだ。そうだよね、セリエラ――?」
 凍るように冷たい目がこちらを向く。そのあまりに冷たい目と殺気に、セラに抗う術はなかった。
「……その通りです」
 仕方なくセラはクラストに同調した。その言葉を聞いて、クラストが勝ち誇ったように笑い狂う。
「そういうわけだシヴィリオ。こんな下らない国などお前にくれてやる。せいぜいボクの足元に跪いてろ!」
 シヴィリオの体を無理矢理外に押し出すと、クラストはティルにも出るように指示をした。誰も入れるな、と吐き捨て扉を閉めると、二人だけになった部屋に荒く肩で息をつくクラストの息使いだけが響いた。
「……待たせてごめんね、セリエラ」
 やがてそれが収まると、いつもの表情といつもの声で、クラストが呟く。しかし彼の豹変ぶりはそれで誤魔化しきれるものではなく、迷ったがセラは率直に尋ねた。
「クラストは、シヴィリオ王子が嫌いなのか?」
「嫌いなわけじゃないよ。兄上の前だと調子が狂うだけだ」
「何故?」
 クラストはもうすっかりいつもの調子に戻っていたが、疑問はほどけずセラはなおも問いかけた。シヴィリオは誠実そうな人間だったし、クラストに邪険にされても怒るわけでも憎しみを表すわけでもなかった。ただ心配そうに見ていただけだ。
「知ってどうするんだい?」
「……自分の伴侶のことを知りたいと思っておかしいか?」
 問いでかけで答えてきたクラストに、思い切ってセラは踏み込んでみた。何もできない時を過ごしているうち、何かしないとという気持ちになっていた。反発するだけでは何も進まない。そんなこちらの考えなどお見通しなのかもしれないが、それでもクラストは嬉しそうに笑った。
「やっと素直になったじゃない、セリエラ」
 頬に手をかけられ、それを跳ね除けたい衝動を必死で堪える。
「じゃあ、ボクの子を産んでくれるの?」
「か、考えとく。クラストが何を考えてるか教えてくれるならな」
 セラの声が盛大に引き攣った。そんな彼女をくすりと笑い、クラストは手を離した。
「……読めないからだよ」
「?」
「兄上の心は読めないからだ」
 クラストは相変わらず笑っていたが、それはいつもの笑顔とはほんの少し違う気がした。  



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