第4章 終焉者は謳う4
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 クラストは、それ以上なかなか次の言葉を返してこなかった。その間セラは待つか催促するかを悩んでいたが、選んだのは結局そのどちらでもなかった。質問を変える。もう一つ、セラには彼に聞きたいことがあった。
「クラスト。もうひとつ私は聞きたいことがある」
「なんだい?」
 いつもと少し表情が違う気がしたのは一瞬のことだった。薄く笑うクラストの笑顔はいつもと違う点などどこにもなく、気のせいかもしれないと思いながら、セラがもう一つの問いを口にする。
「今まで気にしてなかったんだが、お前の髪と目、この国では珍しいのではないか? その金髪碧眼は、まるで……」
「ボクの母上はランドエバー人だよ」
 クラストは金髪碧眼をしていた。ファラステル大陸では黒髪黒目が普通だ。稀に違う色の者もいるが、それでもこの大陸で金髪は珍しい。さっき窓から外を見ているうちに、セラは改めてそれに気付いた。金髪碧眼はランドエバー人の標準容姿で、明らかにクラストはこの国から浮いている。
 そのセラの考えを見透かして肯定するように、クラストはあっさりとそう答えた。
「父上が、たまたまランドエバーからこの国に来ていた女を見かけて、その眩いブロンドに一目ぼれしてしまったわけ。それで産まれたのがボクだよ。でもそういうのって飽きるのも早いんだよね」
 他人事のように声を上げて笑いながら、クラストが肩を竦める。
「早々に捨てられて、母上はボクを残して勝手に死んだ。哀れボクには何も残らなかった――これだけならよくある話だ。だけどボクにはこの力があった」
 手を差し出し、胸の前でクラストがそれを握り締める。特にそこに何も現れるわけではなかったが、精神魔法のことを言っているのだとセラには解った。
「ボクは人の心が視える。少しならそれを操れる。それでボクはこの城にしがみついた。色んな人に取り入って、父上を少しずつ操って。それでも少し苦労したけど、どうにか第二王子の身分は得られた」
 手を降ろすと、クラストはまっすぐにセラへと向き直った。水色の澄んだ瞳に見つめられ、セラもそれを見つめ返した。
 人の心が視えるなど、気持ちの良いことではないだろう。幼いころからそんな力を持ったクラストを、セラは哀れだと思った。だが、その途端クラストが弾かれたように笑いだした。
「同情しているの、セリエラ? だったら無意味だよ。ボクは自分の力と存在を疎いと思ったことなどない」
 ひとしきり笑い、楽しそうにクラストが笑い混じりの笑みを零す。
「むしろ生まれたことを喜び、人生に希望を見たよ。ボクのこの力さえあればなんでもできる。平凡に産まれて平凡な幸せしか持っていない者よりずっとずっと恵まれているじゃないか。――それにね。ボクは自分の容姿も気に入っているよ。他の者よりずっと目立つし美しい」
 心底幸せそうに歌いあげながら、クラストは歩き始めた。楽しそうに笑いながら距離を詰めてくるクラストに、咄嗟にセラが後ずさる。
「リュナーベル。あの子はボクより強い力を持ちながらその力を厭って使わない。ティルフィア。美しい容姿を持ち王に取り立てられながら、絶望しか見出せない。不幸で哀れなのは彼らの方だ。そう思わないか、セリエラ?」
 妖艶な笑みを浮かべ、ゆっくりとクラストは歩み寄ってくる。愉しそうに彼の双眸が細まって、セラの足が震えた。後ずさる足が何かに当たり、バランスを崩して座り込む。柔らかい感触に腰が沈み、ついた手はシーツを掴んで、そこがベッドだと知る。見上げたクラストの唇が、綺麗に弧を描いた。
 怖い、と――セラは初めて恐怖を感じていた。どんなに強い相手に剣を向けられても感じたことのない感情に支配され、セラは震えた。
「人は誰も弱く儚い。ずるく汚い。ボクだけが違う。だから、こんな下らない世界を変えるために――ボクにはキミの権力チカラが必要なんだ」
 震えてこちらを見上げる少女の傍らに片膝をつき、震える手に手を重ね、クラストはセラの涼やかな翠の瞳を覗きこんだ。
「セリエラ。ボクがやらなければ、愚かな人間はまた過ちを繰り返すよ。平和に飽きてまた争いを始めるかもしれない。平和に溺れて自分で命を断つかもしれない。そんな無駄な血は流さなくていいだろう?」
 歌のような囁きがセラの耳をくすぐる度、少しずつ力が抜けて、意識が遠くなっていく。その遠くなる意識の向こうで、優しいクラストの声だけが残って響いた。

「ねえ、セリエラ。キミが見てきた世界は、本当に美しかったかい?」



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