第4章 終焉者は謳う2
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 透き通るような肌は、白いというより色がない。澄んだ碧眼は、宝石というよりガラス玉だ。美しかった銀髪は、肩に届かないほど短くなってしまったが、それでも美しさに変わりはなかった。しかしどこか空虚な美しさだ。表情も生気もない無機質な美貌はまるで作りもののよう。
「ティル……?」
 それを肯定するように、呼んでも彼は答えなかった。そんなことなど、これまで一度もなかったのに。
「じゃあセリエラ。ちゃんと大人しく待っててね。まあ、キミは彼を置いて逃げたりはしないよね? そうは思うけど……ティル、彼女をこの部屋から出さないように」
 クラストの声は空の上の方で響いているようで、頭には入らなかった。それでも、扉が閉まる音ではっとする。ティルはもうこちらを向いていなかったが、セラはその腕を掴んだ。
「ティル、何があった? 怪我はないか?」
 クラストが去って二人きりになっても、ティルは何も答えない。聞こえてすらいないようだった。
「どうして、何も応えてくれないんだ……!」
 堪え切れず叫ぶ。叫んでも、ティルは応えるどころかこちらを見もしない。小さく毒づくと、セラは部屋を出ようと扉へ向った。ティルに何をしたのかと、クラストを呼びとめて詰問するつもりだったのだが、それは叶わなかった。
「ティル……」
 目の前で起こったことが信じられず、セラが立ちつくす。ティルが刀を抜き、それをこちらに向けていた。
(これじゃ、まるで……)
 まるで、クラストの人形ではないか。
 外に出さないように、とティルに言いつけていたクラストの姿が脳裏によみがえって、セラは強く唇をかみしめた。ティルがエズワース邸を出たあの夜、確実に何かがあったのだろう。いや、何かという抽象的な言葉にせずとも、想像はついた。きっとクラストが、精神魔法か何かでティルを操っているに違いない。そう思い、もう一度口を開く。
「ティル、操られているのか? 本当に私がわからないのか……?」
「……退け」
 そうであるなら、もしかしたら何かのきっかけで元に戻るかもしれない。そう思い、セラは尚も語りかけた。だがティルが唇を動かし、喜んだのもつかの間――返って来たのは冷たい声だけだった。
「ここから出ることは許さない」
 それは紛れもなくティルの声だった。あの日哀しい歌を奏でた美しい声。だけど抑揚のない無機質な声。
 セラが一歩退くと、ティルは刀を納めた。それと同時に、へたりとセラは座りこんだ。
 自我もなく、クラストの人形のようになってしまったティル。元に戻るのかどうか、今はそれも知る術はないが、それでも――彼は動いている。喋っている。
 床を掴んだ手の甲に、涙が零れる。セラはそれを拭いもせず肩を震わせた。
「生きてて、良かった……ティル」


 ピリピリとした空気が肌を撫でる。それは何も、今日に限ったことではない。いつものことではあるのだが、今日は一際剣呑な空気が場を包んでいた。だが逆にそれが小気味よく、笑顔が絶えない。
「ただいま、父上」
 跪きもせず敬礼すらせず、ただ歩みだけを止めて階上の玉座を仰ぎ、クラストは上機嫌の声を上げた。
「クラスティオ……お前がランドエバーの王女を連れ帰ったというのは、本当か?」
「ええ」
 父の黒い瞳が、探るようにこちらを見る。それを何事もないように、クラストの水色が涼しく受け流す。
「今回は、リルステルにまで足を伸ばしましてね。セリエラ王女は噂通りのじゃじゃ馬姫だ。城を抜け出して自由都市に来ていたところに偶然遭ったのです。そして互いに一目で恋に落ちたわけですよ」
 クラストが嘘八百をしゃあしゃあと並べる。そんな空言でも、父に真偽を知る術などないから、とりあえずは受け止めてくれる。
「よもやそれをそのまま連れて帰ったのではあるまいな?」
「そうですよ。どうしてもセリエラがボクの妃になりたいというので」
 この場にセラがいたらナイフの二・三本ほど飛んできただろうか。クラストは自分でそんなことを思いながら笑顔を深くした。
「ですから父上。ランドエバーのアルフェス陛下に取りなしてくれませんか? ボクとセリエラ王女の仲を取り持って下さいよ」
「クラスティオ。そのような強引なことを――」
「ボクがあなた以上の権力を持つのが恐いですか?」
 渋る父に、クラスティオは笑みを不穏なものに変えた。
「彼女と結婚すれば、ボクはこの国よりも遥かに強大な経済力と軍事力を手に入れるわけです。怖いですか? 怖いでしょうね――」
 言いながら、クラストは父王から視線を外すと、周りの臣下に視線を移した。目が合った者から次々と逸らしていき、満足げに微笑むとクラストは父に視線を戻した。
「……お前が私より大きな力を手にする。それを父である私が喜ばぬと思うか?」
「ありがとうございます、父上。無論、ランドエバーを私が掌握した暁には、この国の発展のために尽力する所存ですよ」
「解った。ランドエバーに使者を」
 控えている家臣の一人を呼びつけ、ルートガルド王が耳打ちする。それを見て、クラストはまたひとつ笑みを浮かべた。



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