22.繋がらない心



 俺は道場を飛び出すと、通りに出てエドワードの姿を探した。家の方角に彼女の背中を見つけて、急いで走って追いかける。
「待ってよ、エドワード!」
 呼びかけると、彼女は足を止めてこちらを向いた。その傍まで走り寄って、切れた息を整える。
「な、なんで俺を置いて行くんだよ……」
「あ――すまない。考え事をしていた」
 文句を言うと、エドワードは今俺のことを思い出したように、そんなことを言う。
 要するに忘れてたってことか……、ちょっと悲しい気分になっていると、エドワードがふっと俺に笑いかけた。
「良かったな、咲良」
 唐突な言葉に俺が怪訝な顔をすると、彼女は遠くを見るようにして先を続けた。
「あの人は多分、咲良のことが好きだと思う」
「……は?」
 彼女が何を言っているのか分からず、間の抜けた声が出た。そんな俺に構わず、エドワードは勝手に話を進めていく。
「試合の前、彼女は私が負けたら君に近づくなと言った。私に嫉妬していたんだ。可愛いじゃないか」
 くすくすと笑いながら、エドワードが踵を返す。でも俺は動き出せないでいた。
 彼女が言いたいことが全然わからない。
 先輩がそんなことを言ったなんて、俺には信じられないけれど……、でも、例えそれが本当だとしても、俺が先輩を好きだったのは過去の話だ。今更何を言われたところで俺の気持ちは変わらない。変わると思われてるなら心外だ。でもそんなこと俺に言うってことは、変わると思われてるってことだよな。
 そう思ったら、ショックやら苛立つやら悲しいやらで、胸の中がもやもやしてきた。
「それ、どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」
 首だけで振り返り、エドワードは即答した。
 まるで拒絶するかのような冷たい声に、言い募ろうとした言葉を失う。すぐにエドワードの表情はふっと柔らかくなったけれど、それに続いた彼女の優しい声は、酷く残酷なものだった。
「私などよりずっと似合いだ」
 それは、とてもとても遠まわしだけど、明確な――拒絶だった。胸のもやもやはどんどん膨らんでいく。喉に貼りついたように出てこない声を、それでも俺はどうにか絞り出した。
「……それ、俺に先輩と付き合えって言ってんの?」
「ああ」
「俺があんたを好きだって知ってて、そういうこと言うんだ」
 迷わず肯定したエドワードの声が刺さって、俺はつい、責めるような声を上げてしまった。そしてすぐに後悔する。
「咲良、私は――」
 諭すように俺の名を呼んだエドワードの、その先を遮るように手を握る。
 これ以上聞いているのは辛かった。でも、俺が弱いから、頼りないから、愛想が尽きたから拒絶するなら俺が彼女を責めるのは筋違いだ。
「俺のことが嫌になった?」
「…………」
 黙してしまった彼女が小さく首を振るまでの時間は、実際は一分にも満たなかっただろうけど、俺にとってはその何十倍もに感じた。微かにではあるけれど、確かに手を握り返されて、強張っていた体が解れていく。
 嘘でも否定してくれて良かった。
 手を振り払われなくて良かった。
 そんなことでいちいち泣きそうなほどほっとしているこの気持ちを、どうして直接伝えることができないんだろう。
「違うなら、俺はこの手を離さないから。何を言われても、どんなことがあっても、違う世界に行っても、絶対」
 その百分の一も伝えられた気がしなくてもどかしいけど、絶対、の言葉にありったけの力を込める。
 どうして突然エドワードがそんなことを言い出したのかはわからない。だけど項垂れるエドワードを責めることもできなくて、俺は彼女の手を握ったまま、家路を辿った。