12.もっと先へ…



 見事な黄金色のオムレツは、色だけでなく形も焼き具合も味も絶品だった。
 付け合わせの野菜も色どりよく、盛り付けのセンスもいい。
 エドワードって、天才的な軍人って言われてたけど、もしかして軍人として天才なだけでなくて本当にオールマイティなんではなかろうか。天から三物も四物も貰っちゃった口なんだろうか。
「昨日すみれさんに教えてもらったんだが、どうだろう。口に合うか?」
「うん、旨いよ。エドワードって何でもできるんだな」
 あっという間に全部平らげた俺を見て、エドワードはほっとしたように微笑んだ。
 うっかりそれに見惚れそうになって、慌てて空の茶碗と皿を重ねる。それを流しに運ぼうとしたら、エドワードがそれを遮った。
「片付けるよ」
「いッ、いいよ。自分でやる」
 食器を受け取ろうとした彼女の手が触れて、思わず声が裏返った。別に、向こうの世界で過ごしてたときは二人きりなんて珍しくなかったのに。不自然なくらい意識しまくってしまう。
 でもこのところ、彼女を強く意識するたび、俺なんてとてもじゃないけど釣り合わないって現実に気付いて辛くなる。
 美人で強くて、言語習得の早さからみて多分頭もよくて、料理もうまくて優しくて。どこにも非の打ちどころがないじゃないか。
 しかも彼女の元婚約者は、長身で顔もよくて、エドワードと同じくらい優れた軍人だった。性格には難ありだったけど、でも……エドワードのことを想う気持ちは本当だったと思う。
 あの後に俺じゃ、いくらなんでも落差が激しすぎる。
 なんて、ついつい余計なことまで考えて落ち込んでしまった。暗い気持ちで食器を流しに置く。
「やはり、似合わないか」
 水を出したところで突然そんなことを言われて、俺はエドワードを振り返った。
 今はピンクのエプロンもしていなくて部屋着のままだし、何のことかわからなくて答えられない。でも後に続いた言葉を聞けば、余計に声が凍りついた。
「戦場で剣を振っていた方が私らしいか」
 しばらく、水がシンクを叩く音だけが響く。
 それは、そんなエドワードを見たくなくて必死だった俺からすればショックな台詞だった。でもすぐに気付く。……きっと傷つけたのは、俺の方だ。
「そんなこと、思ったことない」
 否定したのは分かったのだろう。ふっとエドワードが相好を崩す。
「だって、咲良が珍獣でも見るように私を見るから」
「そ、そんなことないよ」
 エドワードが笑いながら冗談めかして言い、俺は少しほっとしながら水を止めた。
 珍獣見るみたいに見てるのはそっちだろうと思うけど。俺は単にいちいち見惚れてるだけで、だけどそんなこと恥ずかしくて言えない。意識しすぎて言葉も出ないなんて、言えるわけない。
「俺は、ただ……」
 改めてエドワードへと向き直る。
 こんな風に、二人で話をするのは久しぶりだ。
 守られているだけなのが嫌でヴァルグランドを飛び出してからは、彼女とゆっくり話をする時間なんてなかった。結局再会してすぐ、突然こちらに呼び戻されてしまったし。……それで考える暇もなく、彼女を連れてきてしまった。
 それからは、家族とも一緒だし、まだエドワードは生活に慣れていないだろうし、何より言葉が通じなくて、彼女の気持ちを後回しにしてた。本当は、何をおいても真っ先に確認しなくちゃいけないことだったのに。
 例え言葉が通じなくても、気持ちを伝える方法はあるのに。
「咲良……、冗談だ。そんなに気に病むな」
 よっぽど俺は思い詰めた顔をしていたのか、エドワードが困ったようにそんなことを言い、手を伸ばして俺の頬に触れた。温かい手。この手にいつも救われてきた。今だって。
 俺も両手を伸ばすと、それをエドワードの背に回して抱き寄せた。見た目よりずっと華奢な体が、さらに小さくなった気がする。やっぱり無理してるんじゃないだろうか。いたたまれない気持ちになったけれど、エドワードにぎゅっと抱きつかれたら思考回路がショートした。
 こ、ここから俺は一体どうしたら。
 いや、落ちつけ俺。別に何もしなくていいじゃないか。このままで充分幸せなんだから。
 ……でも全然彼女の気持ちを聞いてないし、俺もちゃんと伝えられていないし、これ以上のことってしたことないし、前のアレは別れの挨拶っぽかったからノーカンな気がするし、折角二人っきりだし、いい雰囲気だし。

 ――そろそろ、もっと先へ進みたい。

 そんな欲求が、爆発しそうになった瞬間。

 ピンポーンと、インターホンの音が家中に鳴り響いた。

「…………」
 無視を決め込む俺をあざ笑うかのように、ぴんぽんぴんぽんと、インターホンは鳴り続ける。てか、誰だよ。連打すんなよ。
 しかたなくエドワードを離すと、何故か彼女はくすくす笑っていた。多分俺がとても意気消沈していて、それが面白かったんだろうけど。
 くそ、これで新聞の集金とかだったら解約してやる。
 逆恨みもいいところだし、勝手にそんなことしたら母さんに怒られるが、それくらいの復讐をしないと気が治まらない。健康サンダルに足を突っ込んで、俺は珍しく不機嫌を全面に押し出しながら、乱暴に玄関を開けた。
「はい、誰ですか!?」
「……何で怒ってるの、咲ちゃん」
 俺の勢いに、来客が少し驚いたようにあとずさる。だけど俺は逆に、その相手に驚いていた。
「律華先輩……」
「卒業式ぶりー」
 思い出したくない記憶を呼び起こす言葉を吐きながら、来客――律華先輩が、俺に向かって手を振った。