8.心重ねて



 外出から戻ったエドワードは、多分姉ちゃんが選んだのであろう、新しい服を着ていた。ニットのワンピース(けっこうミニ)にタイツ、色は全部黒だったから、少しは自分の意見も伝えられたんだと思う。
「細いんだから足出せばいいのに、二―ハイですらNGされちゃった」
 と、姉ちゃんは残念そうに肩を竦めていた。確かにそれは俺も残念……ごほん。
 エドワードは肌を見せるのを極端に嫌う。男装してた名残もあると思うけど、多分、傷を気にしてるんじゃないかと思う。傷のことで、婚約者に酷いこと言われていたのを聞いたことがある。
 エドワードは嫌がるだろうけど、あの傷を見れば、母さん達だって俺がこちらに連れてきた気持ちもわかるんじゃないか。
 そう思う一方で、でも俺が彼女を連れてきた本当の理由は、彼女の幸せを考えたからでも、戦いから解放したかったわけでもないだろうって、自分を苛む声が消えない。

「……元気がないな?」
 声をかけられて、顔を上げる。ふと気がつくと、エドワードが心配そうにこちらを覗きこんでいて、慌てて俺は作り笑いを浮かべた。
「そんなことないよ」
 色々悩むことはあるけど、それで彼女に心配かけてちゃ本末転倒だ。
 俺は顔に出やすいから、特に気をつけなくちゃいけない。オーバーなくらい首を横に振りながら、俺は古紙の束を持ちあげた。片付けものをしている途中だったのである。
 ほぼ物置と化していた空き部屋をエドワードの部屋として使えるよう、朝母さんが片付けてくれたらしい。それで、母さんがまとめた古紙や粗大ゴミを俺が運んでいる。父さんが単身赴任中ってのもあり、力仕事は全部俺っていうのがこの家では当然のルールだ。
「運べばいいのか? 手伝おうか?」
「いいよ。けっこう重いし」
 もう一度俺は首を横に振ったが、エドワードはひょいと積んであった段ボールを持ちあげた。
「力と体力には自信があるが」
「いっいいの! わかってるよ! でもエドワードはやらなくていいの!」
 両手に持っていた紙束をおいて、エドワードから段ボールをひったくる。何が詰まっているのか、結構な重さでふらつきそうになった。だが俺の中の意地という意地を掻き集めて踏みとどまる。
 そりゃあこんなもの運ぶくらい、エドワードにとってなんでもないことだろう。俺より力や体力もあるだろうさ。それでも、母さんや姉ちゃんに見られたら何を言われるかわかったもんじゃない。
 その母さんは昼食の片付け中で、姉ちゃんはその傍ら、鼻歌を歌いながらパソコンを弄っていた。エドワードの部屋に置く家具を探しているんだそうだ。
 俺はどっかの超絶シスコン君と違って、ぶっちゃけ姉ちゃんが苦手だ。でも、今人生で初めて、姉ちゃんがいてくれて良かったと思っている。女の子の服や家具を見繕ったりっていうのは、俺には絶対に無理なことだったから。
 だからこそ、こういう力仕事は俺がやらないと。ただでさえ俺は体力しか取り柄がないんだから。
 というわけで、俺は段ボールの上に紙束を乗せて歩き出した。粗大ごみの日までまだ日があるから、とりあえず車庫に置いておけばいいだろう。家の外に出て、邪魔にならないよう車庫の端っこに積み上げていると、後ろから足音が聞こえた。
「さっきの話だけど……」
 背中に掛かったのは母さんの声で、俺は重い気持ちで額の汗を拭った。色々考えると辛い。けどだからって背を向けてはいられないから、振り返ってまっすぐに母さんを見る。
「うん」
「今更言っても仕方ないことだったと思って。でもね、知っておかないとこの先あなたもエドちゃんも辛いと思うから」
「分かってるよ。言ってもらえて良かったと思う。母さんにも姉ちゃんにも感謝してるよ」
 素直にそう言うと、母さんはほっとしたように笑った。
「今はとにかく、エドちゃんが言葉を覚えて、こっちの世界のことを理解してもらうのが先ね。それから彼女とも話しあって、一個ずつ考えていきましょう」
 心強い言葉が胸に染みて、思わず涙ぐみそうになってしまった。正直、ここまでの理解と協力が得られるとは思わなかった。
 異世界から人一人連れてきて、養ってほしいって我儘を言う子供なんて、日本中、いや地球のどこを探したって俺しかいないだろう。
「ありがとう。迷惑かけてごめん……母さん」
「自分の子供の後始末をするのも親の仕事のうちよ。それよりエドちゃんのことを考えてあげなさい。今彼女の言葉がわかるのは、あんただけなんだから」
 その言葉に背中を押されて部屋に戻ると、エドワードは窓を開けて外を見ていた。長い黒髪が風になびいて、その横顔はとても寂しそうに見えた。
「エドワード」
 呼ぶと、彼女はこちらを振り返った。……今まで思い詰めていてあまり意識してなかったけど。
 ミニワンピ姿のエドワードは、まるでモデル雑誌からそのまま出てきたかのように、綺麗だった。
「あの……似合うよ。その服」
 物凄く今更な言葉は、さすがのエドワードでも予想できなかったのだろう。首を傾げるエドワードの傍まで行って、服のことだとわかるように袖を掴み、もう一度同じことを口にする。
「似合う。可愛いよ」
 可愛いというと、エドワードの表情が少しだけ動いた。さんざん姉ちゃんと母さんが可愛い可愛いと連呼していたから、なんとなく褒め言葉だということはわかるんだろう。
「……可愛いよ」
 いつもエドワードからされてるように、今度は俺が、そう言ってエドワードの髪を撫でてみた。やられるのは慣れたけど、やってみるとされる異常に恥ずかしい。多分耳まで真っ赤な俺を、エドワードは少し驚いたように見つめてきたが、やがてふっと彼女も微笑んだ。
「咲良も可愛い」
 言いたいことは伝わったようで、彼女は俺よりずっと慣れた手つきで、俺の髪をくしゃりと撫でた。