イザイアが放った瓢を、再びヴァイトがフラガラックで叩き落す。間髪入れずに銃声が響くが、ヴァイトは姿勢を崩さなかった。クラウソラスの光弾が全ての銃弾を弾き、さらにそれを越える光弾がエミリアーナに追随する。それに向けてイザイアが瓢を投げる。
「滅」
イザイアの唇が震えると共に、瓢に触れたクラウソラスの光弾はかき消えた。
「遠距離攻撃ばかりで鬱陶しいですね……」
「なら、懐に潜れば!」
言うなりヴァイトは地を蹴った。このまま距離を取っていれば的にされるだけだ。一応クラウソラスでの遠距離攻撃は可能であるが、ヴァイトもルーエンも得意とするのは近接戦である。ならば多少の危険を冒してでも距離を詰める方がいい。
だが、相手とて有利な姿勢を易々とは崩さないだろう。走り出したヴァイトを的に、銃弾と瓢が飛ぶ。
「ルーエン、援護――」
『アリーシアが盟約の元力を行使する!』
ヴァイトの声に応じてルーエンがクラウソラスを翳す。だがその前に凛としたアリーシアの声が響き渡った。同時に、瓢も銃弾も空中で動きを止める。その隙を逃さずヴァイトはエミリアーナに肉薄した。それを見てイザイアが瓢を持つ手を動かすが、その前にルーエンのクラウ・ソラスが迫る。
ヴァイトの剣を銃で受けながら、その圧倒的不利な状況でエミリアーナの顔から余裕の笑みは消えなかった。
『エクスカリバーよ、我が呼びかけに答えよ!』
エミリアーナの銃を核に閃光がほとばしる。それによってヴァイトが隙を生じさせることはなかったが、嫌な予感に咄嗟にヴァイトは剣を引いた。距離を取った方が有利な武器を所持しているに関わらず、エミリアーナは間合いを詰めてくる。ただしその手にあるのは既に銃ではなく。
「近接戦ができないとか思ったァ〜? 残〜念〜☆」
「……ッ」
エミリアーナの銃は、彼女の身の丈ほどもある剣へと転じていた。その剣を巧みに操り攻撃を仕掛けてくる。それをいなすことはそこまで難しくもないのだが、勝負をつけるのは困難だ。その程度には強い。
『エミリアーナが盟約の元力を行使するぅ☆ 風よ、捉えよ☆』
ヴァイトと剣を切り結びながら、さらにエミリアーナは魔法の詠唱を口にした。途端、イザイアに斬りかかろうとしていたルーエンの動きが止まる。それを待っていたかのように、イザイアがルーエンの首筋めがけて瓢を繰り出す。
『アリーシアが力を行使する!』
咄嗟にアリーシアが叫ぶ。パン、と何かが弾けるような音がして、エミリアーナとアリーシアの両方がその場に崩れ落ちる。それと同時に自由を取り戻したルーエンが瓢をかわし、ヴァイトが倒れたエミリアーナにフラガラックを向ける。
「まだまだぁ〜☆」
エミリアーナはエクスカリバーを手放すと、身軽になった体で後転してヴァイトとの距離を取った。エクスカリバーは彼女の手を離れると、光の粒子と化して彼女の手へと収束し、再び銃になる。
ヴァイト達とエミリアーナ達に距離ができ、戦闘に生じた間をアリーシアの悲痛な声が縫った。
「どうして!? どうして神子と騎士を狙うんですか!? 世界に危機が迫っているこの時に!」
「世界の危機なんてアタシらには関係ない。裏にいればいつでも隣り合わせ。誰のおかげで今まで平和に暮らせてたと思ってんの?」
エミリアーナがギロリとアリーシアを睨む。今までの小馬鹿にした口調とは違う怨嗟のこもった声と、凄惨な表情に、アリーシアが言葉を失くす。それを見て、エミリアーナは肩を竦め、元の口調で声を上げた。
「三対二はちょぉっとズルいよね〜。イイ子ちゃんには二人も騎士がいるんだァ?」
「……違います。彼らは私の騎士では――」
(そう――間違えないで欲しいものだな。彼女の騎士はこのオレだ)
言葉半ばで、アリーシアは口を閉ざした。その顔から血の気が引く。
迫るもう一つの気配を感じて、エミリアーナもまた表情を変えた。
「……一旦引くわ、イザイア。神子は他にもいるはずよ」
「ま、待て!」
聞き捨てならない言葉に、ヴァイトがフラガラックを構える。だが、
『エミリアーナが盟約の元、風に命じる。我らの姿を隠せ』
一陣の風が巻き起こり、フラガラックは空を割いた。
「アリー! 魔法であいつらを引きずり出せないか!?」
エミリアーナは神子を狙っている――となれば次に襲われるのはシスティナだ。だがエタンセルには今騎士が不在である。焦ってアリーシアに問いかけるが、彼女は答えなかった。金の瞳が虚ろに宙に彷徨っていた。
「オルニス……」
その唇が震える。いや、唇だけでなく、体も震えていた。
「アリー?」
彼女の、その震える肩に触れようとしたその瞬間、
「ダメ!!」
アリーシアの細い両手がヴァイトの体を突き飛ばす。たいした衝撃にはならなかったが、二・三歩後退したところに、上空から何本もの黒い剣が降り注いだ。今までヴァイトがいた位置を貫いた剣は黒い塊へと転じ、そして人の形を取った。
「オレの神子に勝手に触らないでもらおうか」
項垂れるアリーシアの前に、黒髪に真紅の瞳をした黒衣の青年が立ちはだかる。
「お前は……」
彼の言葉でなんとなく想像はついた。だがヴァイトが思わず発した問いかけに、青年は想像通りの言葉を口にする。
「<黒の騎士(>オルニス。アリーシアの騎士だ」