青碧


 藍色の髪をした剣士――ルーエンに連れられて、アリーシアは城内の一室へと通された。正直なところ、カードを放ってから後の記憶が定かでなく、今もまだ呆然としているアリーシアは、部屋に入ってからようやくヴァイトの姿がないことに気付いた。
「あの……ヴァイは?」
「暫く一人にしておあげなさい」
 おっとりとした口調で諭され、アリーシアは項垂れた。ルーエンは、ヴァイトもシスティナも落ち着いているのはうわべだけと言っていた。しかしアリーシアにはうわべを取り繕うことすらもできそうにない。
「お茶を淹れて来ましょう。紅茶は飲めますか?」
「――私、」
 ルーエンの声は優しく、気を遣ってくれているのだとわかる。だが、いや、だからこそ、か。ほっとすればするほど、アリーシアに湧きあがってくるのは後悔と罪悪感だけだった。
 ぎゅっと両手を握りしめ、俯いたままアリーシアが噛みしめるような声を落とす。
「私、謝らないと」
「誰にです」
「ヴァイにも、システィナさんにも」
 震える声のあとは、ふう、というルーエンの溜め息が重なった。
「よした方がいいと思いますよ。どちらもあなたに謝罪されることを望まないでしょう」
 そこで初めて、アリーシアはゆらりと顔を上げた。その顔色は酷く悪く、ルーエンが顔をしかめる。
「どうしてわかるんですか?」
「それは、あなたよりも僕の方が、その二人との付き合いが長いからですよ」
「でも……」
「それで納得できないなら、多少厳しい言い方をしますが」
 言葉を濁したアリーシアを見て、ふとルーエンが穏やかな笑みを消す。途端別人のように鋭利な表情になって、そんな彼の口から出た声からもまた柔らかなものは消えていた。
「謝りたいのは単なるあなたの自己満足でしょう?」
 何も言い返せなかった。
 そんなアリーシアを見て、すぐにルーエンは元の穏やかな表情に戻ると、アリーシアの両肩に手を置き、やんわりと座るように促した。何の抵抗もなく、アリーシアがぽすんとソファに腰を落とす。
「あなたもまず落ち着いて下さい」
「……わかりました。ええと、ルー……」
「ルーエンです。別にルーでもいいですよ」
 おどけた風に言われ、それがヴァイトのことをヴァイと略しているのを暗に言っているのだと気付き、アリーシアが苦笑する。
「だって、ヴァイが私の名前を長いからって略すんです」
「彼らしいですね。では僕はアリーシアさんと呼んだ方がいいですか?」
「アリーでいいですよ。なんだか、慣れちゃいました」
 くすくすと笑うアリーシアを見て、ルーエンもふふ、と声を出して笑う。
「えっと、ルーさんもエタンセルの騎士なんですね」
「ええ。でもあなたは<青の騎士>はご存知ないでしょう」
 ルーエンの言葉に、アリーシアは済まなそうな、気まずそうな表情をした。それは知らないと言うことを如実に現していたが、ルーエンはそれを気に掛けることなくひらひらと手を振って笑顔のまま先を続ける。
「知らなくて当然ですよ。<赤の騎士>はヴァイトで十三人代目ですが、エタンセルの長い歴史で<青の騎士>は僕一人ですから」
 言いながら、腰に差していた剣を鞘ごと抜き、アリーシアに示して見せる。
「これは輝きの剣クラウ・ソラスといって、いわばフラガラックの模倣品です」
「模倣……?」
「あなたならご存知でしょうが、フラガラックはその昔東の神子が西の神子に贈ったもの。その技術に対抗して作られたのがクラウ・ソラス。まぁこんなこと東には知られたくなかったでしょうから表ざたにはしなかったようだし、今はエタンセルの者だってそんな経緯忘れています」
 世間話でもするような口調だが、エタンセルの民が隠し続けていたであろう事実を、西の神子である自分の前でなんのてらいもなく話すルーエンに、アリーシアは好感を覚えていた。
「でも皮肉ですよね、フラガラックならいざ知らず、そんな経緯で生まれたクラウ・ソラスでも西の神子には逆らえない」
 だがそう呟かれると、温まりかけた胸がまたすっと冷える。
 ルーエンにしてみればそんなにきつい皮肉を言ったつもりでもないのに、さっき厳しい言葉を投げかけたときよりずっと、アリーシアの表情は曇った。
「……望んで手にしたわけじゃないです」
「それ、システィナの前で言わないで下さいね」
 ルーエンが忠告すると、ますますアリーシアは俯いた。短い嘆息を挟んで、次に響いたのは仕切り直すような明るい声だった。
「すみません、お茶を淹れてきましょう」
 剣を腰に戻し、ルーエンが退室しようとすると、丁度扉が開いた。その向こうから現れた人物を見て、ややほっとする。だが、相手はというと、暗い表情のアリーシアと、出ていこうとするこちらを見て、やや気まずそうな顔をする。
「気持ちはわかりますが、これ以上あなたの尻拭いをする気はないんで。たまには自分でなんとかして下さい。ああそれと、僕は茶を淹れに行きますが、あなたの分は出しませんから」
「俺もお前が淹れた茶なんか飲みたくねぇよ」
 ヴァイトがせめてと憎まれ口で見送ると、ルーエンは「相変わらずですね」と笑った。



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