対峙


 金色に光るカードは、ヴァイトが最初にアリーシアに会ったときに見たのと同じように、一枚を残して後は輝きを失った。ただし、アリーシアがそれを受け止めなかったので、とさりと地面に落ちる。それには構わず、アリーシアはただ一枚残ったカードをひったくるように手に取ると、現れた女性の方に荒々しく指示した。
「あなたなら、この意味分かりますよね?」
「……」
 だが彼女は黙して語らず、苛立ったようにアリーシアが一歩前に出る。
「古の盟約により、西の神子は世界の裏側を、東の神子は表側を守ってきました。なのにどうして――」
「アリー、待て。彼女は……」
 激昂するアリーシアに、ヴァイトは見かねて彼女を遮るように前に出た。それでもアリーシアは尚も口を開いたが、結局次に口を開いたのはアリーシアでもヴァイトでもなかった。
「どうして、と問いたいのはこちらよ。その予知術はエタンセルの力だわ」
 引き返す足を止めて、風になびく長い金髪をおさえて、アリーシアと同じ白い衣を纏った女性は踵を返した。そしてアリーシアのすぐ前まで歩み寄ると、カードを一瞥してから、アリーシアに視線をうつす。
「はじめまして、東のアリーシア。わたくしは西のシスティナ」
「……システィナ……」
 聞き覚えのある名前に、一瞬アリーシアの意識は違うところに逸れた。だがそれを引き戻すほどの強い視線でシスティナはアリーシアを見続けた。それは睨みにも近かった。
「ただしわたくしは神子としての力を一切失っています。それは、あなたが奪ったからではないの?」
 はらり、とアリーシアの手からカードが落ちた。
「え……」
「先代の神子であった母は、わたくしを産んですぐに亡くなったわ。力のないわたくしには世界に何が起きているかなど知る術もないし、知ったところで護る術もないの。もしそれがあなたの意図するところでなくとも、こうなった以上世界を護るのは力を持つ者の役割でしょう。何をしにきたのか知らないけれど、神子が聖地を離れるなどあってはならないことよ。神子ならもっと自覚を持つことね」
 それだけのことを一気に言い放つと、後はアリーシアから興味を失ったと言わんばかりにシスティナは一歩退き、それからその視線をヴァイトへと移した。
「これは意趣返しのつもりなのかしら、ヴァイト。恨まれているとは思っていたけど、これほどまでとはね」
「……好きなように思えよ」
 視線は合わせないまま、ヴァイトが一言だけ返す。アリーシアに何を言われても表情一つ変えなかったシスティナが、その一言に初めて苛立ちのようなものを瞳に浮かべて、両手を握り締めた。
「やっぱり変わらないわね、あなた」
 声には静かな怒りがあった。黙って見ていたルーエンが間に入ろうと息を吸ったが、それよりも前に、俯いたままアリーシアが力のない声を上げる。
「ヴァイは関係ありません。私が無理に頼んだんです。でも、私も知らなかったんです。ヴァイが<赤の騎士>だったなんて」
「じゃあ全部偶然だというの?」
「そうです」
「ちょっと信じられないわ。そんなできすぎた話」
 そう言ってシスティナはアリーシアとヴァイトを交互に見たが、アリーシアは俯いたまま、ヴァイトとも視線は交わらないままだった。短く溜め息を吐いてから、ヴァイトの方に呼びかける。
「言い訳があるなら聞くけれど」
 だがヴァイトが何も答えないと、もう一度嘆息して、今度こそシスティナは屋内に姿を消した。それと同時に、アリーシアがへたりと崩れ落ちる。
「追い掛けた方がいいと思いますけど」
 動かない二人を見て、ルーエンがぼそりと呟いた。ようやく顔をあげたヴァイトが、彼を見て肩を竦める。
「追い掛けて何を言えと? どうせ聞くつもりはないさ」
「ならどうして戻ってきたんですか。まさか本当に意趣返しで東の神子を?」
「馬鹿言え。……偶然だ」
「偶然じゃありません」
 否定したのはアリーシアだった。さっき自分で言ったこととは矛盾する言葉に、ヴァイトが眉を寄せる。
「なんだって?」
「ヴァイが赤の騎士だと知らなかったのは本当です。でも、ヴァイの他にもたくさん、護衛の仕事をしている人はいました。けれど私は、私の魔力の影響を受けにくい人を無意識に探していました。でもそれは神殿騎士の資質です。最初に気付くべきだった」
「気付いたところで、エタンセルの騎士だった俺にエタンセルへの道案内を頼むのはかえって自然なことだろうが」
「でも、ヴァイはエタンセルに行くのを嫌がってた……なのに私は……」
 アリーシアの声が掠れて、ヴァイトは舌打ちしそうになるのをこらえた。彼女への苛立ちでなく自分への苛立ちだったが、この状況では余計アリーシアを追い詰めることになる。
 多分、アリーシアは泣いているだろう。けれどそれが分かっていても、ヴァイトには手をさしのべることも、励ましの言葉をかけることもできなかった。そんなヴァイトを見てルーエンがやれやれというように軽く頭を振り、そしてアリーシアの隣に膝をつく。
「とりあえず中にお入りなさい。すぐに部屋を用意します。システィナもヴァイトも今は考えを整理できてないんですよ。二人とも落ち着いてるように見えますけど、うわべだけですから。ねえ?」
 揶揄するように見上げられて、今度こそヴァイトは舌打ちした。



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