再会


 まばゆい光を手にした青年は、長い藍色の髪を風になびかせ、その表情は眼鏡が光を弾いて伺えない。ただ口元は笑みを刻んでいた。
 ヴァイトが片手でアリーシアを抱えて竜から飛び降りると、着地と同時に竜が淡く緑に光り、その光がアリーシアに吸い込まれる。腕の中でぐったりしていた少女が金色の瞳を開く。
「ルーエン――」
 アリーシアを地面に降ろしてようやく身軽になったところでヴァイトは口を開いた。だが藍色の髪の青年は、その頃にはテラスの床を蹴っていた。
「!」
 反射的に翳したフラガラックが、辛うじてその一撃を止める。腕に伝わる重さと、弾ける閃光に、ヴァイトが顔を歪めて目を細める。
「お前……、最初から俺だと分かっていて攻撃しただろ!」
「なんの話でしょう」
 すっとぼけた涼しい声が返ってきて、ヴァイトは舌打ちすると相手の武器を跳ね上げた。その拍子に、また光が零れる。
 ――輝きの剣(クラウ・ソラス)。口の中だけで、ヴァイトはその名を口にした。名の通り、零れるような光に包まれた剣は、真昼の屋外すら暗く感じるほどの輝きを残しながらこちらに追随してくる。
「確かにあなたは僕の知人によく似ていますが、別人なんですよね」
「何を……訳のわからんことを!」
 その光を再び弾いて、ヴァイトは相手の間合いまで一気に踏み込んだ。そのまま突き出したフラガラックの剣先を、紙一重で相手が避ける。そのまま彼は身を捻った勢いで、横薙ぎを繰り出す。やや無理な姿勢でその一撃を止め、若干ヴァイトに不利な膠着が生まれる。だが剣を引いたのは眼鏡の方だった。

『我、アリーシア・クラフトキングダムが盟約の元、光に命ず! 汝我が前で輝くこと許さず! 我の力我が為にあり、その輝きを収めよ!』

 後退した眼鏡の剣士の、手にした剣からふっと光が消える。その拍子に、ヴァイトには眼鏡の奥の瞳に動揺が走ったのを見逃さなかった。だが自分とて同じような状況だ。フラガラックからも生気が消え失せていた。実際に生きているわけではないが、手にして戦えば腕まで伝わってくるフラガラックの命の脈動を、今は全く感じられないのだ。そう、まるでただの剣と同じような、無機質な感触だけが手の平に触れている。
「ヴァイを傷つけないで下さい」
 眼鏡の剣士から闘志が消えたのを確認してから、ヴァイトは後ろを振り向いた。もちろん、そこにはアリーシアがいる。だが彼女らしからぬ、ぞっとするほど凍った目つきでこちらを――正確には今まで戦っていた相手を、だろうが――睨みつけている。ドラゴンから生気を吸い取っていたときと良く似た表情を見て、ヴァイトは慌ててフラガラックを鞘に戻した。
「アリー、本気にならなくていい。こいつは……」
「ヴァイ。おやおや、名前までよく似ていますね」
「いい加減にしろ、ルーエン。糾弾したいなら受けるが、陰湿な嫌がらせはよせ」
「そんなつもりはありませんよ、ヴァイト」
 突然、ルーエンと呼ばれた剣士は、剣を収めると敵意を消した。ぽかんとした顔のアリーシアは、事態を飲み込めていないようだった。そんな彼女に向けて、ルーエンが真意のわからない笑みを見せる。
「初めまして。僕はエタンセルの騎士、ルーエン・レムレス・ドゥンケルブラオ。青の騎士(リッター・ドゥンケルブラオ)です」
「なんだってこんな真似をした」
 挨拶を割るようにしてヴァイトが固い声を挟むと、さっきよりもやや打ち解けた笑みでルーエンは答えた。
「なんでって、我が主が『ヴァイトは絶対に帰らない』と言うもので。ならば別人なのだろうと撃ち落とそうとしたまでで――」
「もういいわ、ルーエン。私の負けよ。これでいいのでしょう?」
 ふと闖入した声に、ルーエンは肩を竦め、ヴァイトは――
 逃げ場所を求めるように後ずさろうとしていた。だが実際には一歩も足が動かなかった。そんな自分を悟れば酷く動揺しているのだと自覚せざるを得ず、していた筈の覚悟が脆くも崩れて、全てを後悔しそうになっていた。だが嘶いて飛んでいく竜のその羽音が、遠くなりそうになる意識をどうにか今に結び付けた。
「あなたが嘘吐きなせいで恥をかいたわ」
「……嘘じゃない。気が変わりやすいだけだ」
「言うと思った」
 失望とも軽蔑ともつかぬが、そのどちらも併せ持った表情でこちらを一瞥して、彼女は踵を返した。
 そんな目で見られることは、何も思わないと言えば嘘だが、予想通りだったから比較的落ち着いたままでいられた。城内へと戻っていく彼女の、白い衣と金の髪を風が撫でる。
 何も言えなかった。そもそも何をしに来たというわけでもない。
 ――何をしに来たのだろう。
 ぼんやりとそんなことを考えていると、ふと何かが隣を走っていった。

「待って」

 強い声は、誰のものだろうと一瞬勘繰ってしまう。
 白い衣と短い翠の髪が目の前で翻る。無意識に手を伸ばした、そのときにはアリーシアがカードを目のまえにぶちまけていた。だがそれは全て下に落ちず、金色に輝きながらアリーシアを取り囲むようにして浮いている。
「西の神子。私は東のアリーシア。あなたに会うために来ました」
 強い声は、いつものアリーシアとも、我を失ったときの昏い表情の彼女とも、そのいずれとも別人のそれだった。



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