「納得いかなぁいっ!」
何度目だかわからない妹の叫びに、リアは皿を拭く手を止めると大きな溜め息をついた。
店を手伝わせる為にフィセアをカウンターに入れているのだが、専ら彼女が動かすのは手ではなく口の方だ。それでも無視を決め込んでいたのだが、思ったよりも妹はしつこかった。
「なんであの2人を2人っきりにさせるのぉ!?」
客もだいぶ引いたし、洗い物もあらかた片付いた。持っていた皿を仕舞い、リアは改めて妹の憮然とした顔をまじまじと見つめる。
「……あんたさぁ。もしかして本気で惚れてんの?」
「本気じゃないと思ってたの?」
恨みがましそうに見つめ返してくる彼女を見て、リアは意外そうな表情を浮かべた。だがすぐに肩をすくめる。
「……そりゃ悪かった。でも別にあんたを苛めようとしての提案じゃなかったんだよ」
一応詫びてくる姉を、今度はフィセアが意外そうな目で見る。
「じゃあ、何」
「何って、部屋がないのはホントだろ? でも丁度いいと思ったのは確か」
「何でよ」
フィセアは尚も噛み付いてくる。
もう一度溜め息をつくと、リアはカウンターの中にある古ぼけた椅子を引き寄せて腰を降ろした。
「……あの2人、訳アリだよ。そっとしといてやんな」
「何でそんなことわかるの?」
食い下がるフィセアに、リアは溜め息の変わりに今度は真意のよくわからない笑みを見せた。
「さあてね? 女の勘?」
実際の所勘ではなく確信があった。ミルディンが、ミラと名乗ったそのときから。しかしそれは言わずに曖昧に答えたのだが
「……ふうん」
それでようやく、フィセアが押し黙る。
彼女もまた椅子に腰を降ろすと、半眼で姉を見た。
「結局リアも惚れてんじゃん?」
さあね、とまたも曖昧に答えながら、リアは再び蛇口を捻った。
静寂の中で、紡ぎ出そうとする言葉は浮かんでは消える。
西日がミルディンのブロンドをキラキラと輝かせ、だがそれを見ているうちに瞬く間に日は落ちていった。
このまま夜が明けてしまうのではないかとアルフェスは危惧したが、その瞬間思ったことは、とにかく彼女を休ませないと、ということだった。過保護だと言われる所以かも知れない。
「――姫」
意を決して声をかけたのだが、やはりというか、予想通り彼女は答えはしなかった。先刻のように、もう姫ではないと怒るのでもいいから、答えて欲しかったのだが――
「姫、とにかく今日はもうお休み下さい。私は部屋の外にいますから」
それでも彼女は答えなかった。
――怒っているのだろうか――
短い付き合いではないから、雰囲気からだいたい察することはできる。
怒っているのだろう。それも、相当。
だけどその理由を確信することができなくて、アルフェスもどう声をかけていいのかわからなかった。話したいことも伝えたいことも山ほどある。だけど今は、彼女を休ませるのが先だと思った。
一礼して背を向けると、部屋の扉に手をかける。そのとき初めて、背後で気配が揺れた。
「……痛ッ」
同時に漏れた小さな呻きを聞き逃さずに振り返ると、こちらを振り向きかけたミルディンが床に膝をついていた。
「姫!?」
慌てて駆け寄る。部屋の中はもう薄暗いが、彼女が抑えている足首が酷く腫れているのがそれでもよくわかった。
「怪我をしているのなら、どうして言って下さらなかったのですか」
アイスグリーンの瞳に間近で覗き込まれて、ミルディンは思わず顔を背けた。それは決して嫌悪の類の感情からではないのだが――寧ろ真逆のものだと言えたのだが、それでもきっと不自然だっただろう。
慌ててミルディンは顔をあげたが、アルフェスの詠んだ