外伝2 蒼天に契る 15


 淡く、優しい、だけど眩しく気高い。
 聖ランドエバー王国は、光に守護されし王国というだけに、光の力を使う精霊魔法使い(エレメンター)が多い。
 だけど彼の光は他の者が使うそれとは違う。
 かつて仲間が言っていたことには、アルフェスは光の精霊の守護を受けているらしいが、そのことに関係しているのか、精霊魔法の原理的に違いが生じるのか、それとも単なる自分の思い込みかは解らない。解らないが、ミルディンにはアルフェスの光を見分けられる自信があった。

 この光がいつも傍にあるから、どんなときも絶望だけはせずに済んだから。

「……まだ痛みますか?」
 ぼうっと光を眺めていたのだが、アルフェスの不安げな声にミルディンは我に返った。
「ううん……だいぶ楽になりました。ありがとう」
 素直に礼を述べると、アルフェスの鋭い双眸に僅かな驚きが行き過ぎる。だがミルディンがそれを不思議そうな顔で見ると、ふ、と彼は優しい笑みを浮かべた。
「やっと喋ってくれました」
「……ッ」
 カッ、と顔が熱くなる。同時に、涙がせり上がってきて、またもミルディンは顔を背けてしまったが、アルフェスは微笑みを消さないまま、彼女を抱き上げるとベッドに座らせてやった。そしてもう一度、足の怪我を診る。
「骨には異常ないようですが……一応リアに冷やすもの借りてきますから」
 そう言って立ち上がる。だが、僅か感じた抵抗に歩みを止める。
「……姫?」
 ミルディンが、服の裾を掴んでいる。遠慮がちに、でもしっかりと。
 セルリアンブルーの瞳は、今はしっかりとこちらを捉えていた。でも、いっぱいの涙を讃えながら。
「……嫌。行かないで」
 掠れた声を紡ぐ。
「もう、行かないで――」
 なきじゃくる彼女の前にもう一度しゃがみこんで、アルフェスはその涙を拭った。
「怒っているのかと、思いました」
 困ったような表情を浮かべる彼を、だがミルディンは思い切り睨みつけた。思わず怯んだ彼の胸に拳を打ちつけながら、叫ぶ。
「怒ってるに、決まってるわ……!!」
 叫ぶと、涙がさらに溢れた。
「ずっと待ってたのに……! 帰って来るって言ったのに……っ!! うそつきッ!!」
 うそつき、と繰り返しながら涙を流すミルディンを見てはっとなる。アルフェスにとっては、昨日のことのような2年前だが、彼女はそうではない――重圧と責任と不安の中で過した2年は、どんなに長かっただろうか。
 彼女の怒りも涙も、全て自分の所為なのだと、そのときようやく彼は悟った。
「……申し訳ありません、姫。帰れなかったのには、事情が」
「……大した事情じゃなかったら、騎士団を首にしますよ」
 アルフェスの言葉にようやく嗚咽を収めて、ミルディンがそんなことを口にする。 「それは……困ります」
 腫れた目を擦りながら憮然として見せるミルディン、その言葉が冗談なのか本気なのか判別が付きかねて、アルフェスは苦笑した。だが顔のすぐ真横でフェアブロンドが揺れて、表情も動きも止まる。
「だから……ちゃんと説明してください。ちゃんと聞きますから。だから、行かないで下さい」
 首に回ったミルディンの細い両腕が震えている。
「2年前のあのとき、言ってくれたことが嘘じゃないなら、……傍にいて下さい」
「……嘘じゃない」
 囁いて小さな体を抱きしめると、2年前よりもさらに華奢になったように感じた。どれほど苦労したのか、それを思うといたたまれず、回した腕に力を込める。
「……怖かったの。だって、よく考えたら。あのとき、す、好きだったって……過去形だったから。だからほんとは、アルフェ、帰ってこないつもりだったのかもって……」
「え? いや、別にそういうつもりでは」
「じゃあ……えっと、今も……」
 拗ねたような仕草と、照れたように口篭る様子に、アルフェスは我知らず笑みを零した。「……どうして笑うんですか……」、不服そうなその表情すらも可愛く、愛おしいと思えた。そんな風に彼女を意識するのは子供の頃以来かもしれない。
 王族と騎士という枷が何もかもを封じてしまった。だけど、騎士の想いはあの頃から何ひとつ変わっていなかった。
「愛してる。今までも、今も、これからも、ずっと」
 ――それが許されなくても――
 真っ赤になって固まってしまった少女の額に口付けて、もう一度強く抱き締める。
 「帰るのが遅くなってごめん。でも今度こそ、傍で君を護るから」
 少女の瞳から、また一筋の涙が流れて落ちる。
(会うときは、泣かないって、決めてたのに)
 とても無理そうだ、とミルディンは小さく嘆息した。でも、これからは、傍にいる彼に、誰よりも笑顔を見せたいと思った――

 例えこの先、どんな過酷な運命が待ち構えていても、その為ならきっと、笑顔でいられるだろう。