沈黙が、こんなに気まずいものだとは思わなかった。
否、沈黙ではない。状況が気まずい。
小さな部屋には逃げ場所すらなかった。椅子と机とベッドがひとつずつしかない、本当に小さな部屋だ。それに文句を言うつもりはない。戒厳令が敷かれ、国境を越えることが不可能になったレアノルトで足止めを食っている旅人は多く、どこの宿もいっぱいだというのだから、それでも部屋を用意してくれたリアには感謝している。
だが――しかし。
2人で使うには狭すぎる、と思う。
否、2人で使うことに問題はない。その一緒にいる相手に多いに問題がありすぎる。
フィセアに借りた白いワンピースと、瞳と良く似たセルリアンブルーのカーディガンを身に纏ったミルディンは、窓からずっと外を見たまま黙して語らない。
ミルディンの大胆な行動から我に返ってすぐ、リアはフィセアの服をいくつか見繕ってきてくれた。リアの服では微妙にサイズが合わなかったのと、男のような軽装しかない為リア自身がはばかったというのもある。
「良く似合うよ、ミラ」
その中の一つを選んで着替えを終えたミルディンを見、リアが賛辞を口にするのだが、
「……お気に入りなんだから、汚さないでね」
フィセアは憮然としている。そんな妹を、慌てて姉は思い切りはたいた。
あんた、女王様に向かってなんてことを!!」
冷や汗もののリアに、だが当のミルディンは、「しー」、と人差し指を口に当てた。
「いいの。友達みたいに接してくれた方がわたしは嬉しい。ううん、いっそ友達になってくれたらもっと嬉しいわ」
にっこりと笑う彼女――長くて綺麗だったフェアブロンドを切ってしまったのは心底勿体無い、とリアは思うのだが、さっきよりは自然に親しめそうな感じではあると思う。美しい、というより可愛らしい笑顔で、歳もそう違わないのだろうとわかる。
「フィセア、有難う。お気に入りを貸してくれて」
フィセアに向ける笑顔も屈託なく、いや、やっぱり大人だ、と、ぽかんとするフィセアを見ながらリアは思った。苦笑してしまうのだが、すぐに笑顔を収める。
「で……、ミラ。アル。ひとつ大事な話があるんだけど」
呼ばれて、脇で黙ってやりとりを見ていたアルフェスが表情を動かす。何、とミラもリアへと視線を戻した。
「いいにくいんだけど、部屋がないんだ」
全く言い難そうではない調子で、サラリとリア。
「2人、一緒な部屋でもいい?」
手を合わせて、お願いのポーズを取る彼女に、
『よくない!!』
アルフェスとフィセアの焦った声が綺麗にハモった。
「フィア、うっさい。あんたには関係ないの」
とりあえずキーキーと喚いているフィセアの頭を抑えて、リアが真面目な顔をする。
「ほんとに、部屋がないんだよ。あたし達の部屋も、客に提供しちゃってるくらいでさ。あたしとフィア、親父と、それに今日からは母さんも、一緒な部屋にいるんだ。まあ……親父とアル、あとあたしたち女衆でって分けれないことはないけれど、折角母さんが帰ってきたんだ、親父もついててやりたいだろうし……」
彼女の言い分は最もなのだが、それでも困るものは困るのである。うん、と言えないアルフェスに、さらにリアはとんでもないことを言い募る。
「それに、メンバーにはもうアルのことを新しい仲間だって言ってあるんだよね。じゃないと、ここに出入りして、あたしたちとずっと会話してるのも不自然だしさ。で、ミラはアルの恋人ってことにしといて欲しいんだ。その方が自然だし、色々とやりやすいし、2人も一緒に行動しやすいでしょ?」
「……!?」
「そ、そんなのだめぇ!!」
絶句するアルフェスと、抑えられてなおもがき叫ぶフィセアに、リアが渋面になる。
だがリアがその視線をミルディンに移すと、2人の思いに反して彼女は素直に頷いた。
「わかりました。リアの言う通りだし、ここに置いてもらう以上は指示には従うわ」
「姫……!?」
そんなミルディンの言葉に、思わずアルフェスが上ずった声を出すと、
「ミラです。それにもうわたしは姫じゃありません」
鋭い瞳で睨まれて、ぴしゃりと言われ、アルフェスが言葉を失くす。
「じゃ、そういうわけで〜」
適当にフィセアを押さえつけて黙らせ、絶句したままの彼を奥の一室へ引きずっていくと、
「ここ使ってね。じゃあよろしく。あたしも今夜は家族水入らずで過ごすから」
今度はフィセアを引きずって笑顔で去っていくリアを、アルフェスは呆然と見つめるしかなかった。