黒き守護の獣を跡形もなく燃やし尽くしたその炎が収まって、しばらく――
どちらからともなく破顔し、
「よっしゃッ」
「やったね!」
パンッ、と親しい仲間のように互いの手を打ち合わせ、勝利を祝う息がピッタリならば気まずそうに顔を背けたのも同じ、疲れと痛みに倒れこんだのまでほとんど同時だった。
だがそんな申し合わせたような連携は今に始まったことではない。
一方が時間を稼ぎ、一方がその間にスペルを詠唱。魔法戦の連携においては基礎中の基礎だが、言うほど簡単なものではない。
稼いだ時間が短すぎれば術者はやられるし、逆に長すぎれば自分も魔法に巻き込まれてしまう。
常に相手がどんなスペルを使うのか、またそれががどれくらいの時間で完成するか先読みする必要があり、個人差もあるそれを完全に把握するにはよほど息の合った、または互いを良く知ったパートナーでなければ無理なのだ。
だが2人は初対面どころか誰かとコンビを組んだことさえない――
「……やっぱり、頭数あると便利、かな」
「オレ1人で充分だったぜ。……他にいても邪魔なだけだ」
それが強がりにすぎないことは自分でもわかっている。何せ1人で歯が立たなかったからこそ、リューンと取引したのだから。
「……まあ、ぼくもそう思っていたけどね。他にいても……足手まといなだけ。少なくとも今までは……そうだった」
切れ切れに聞こえてくる声に、少年がふと体を起こす。
「おい、リューン……お前肩の怪我、大丈夫なのか?」
「なんだ、ぼくの名前……覚えてたの」
肩を押さえながら、リューンも起き上がった。傷が深いか浅いかはわからないが、かなりの出血だ。
「……やっぱり……古代秘宝は……エインシェンティアは、禁忌の力だったんだね。セルティに渡しては……ダメだ」
「毛頭そのつもりだ。だけど今はお前の手当ての方が先だ。――街に戻ろう」
「いやに優しいじゃない?」
リューンにクスリと笑われ、少年は顔を背けた。
「勘違いするな、と言ってる。別にオレはお前が生きようが死のうがどうでもいい。……けど、お前には……そうじゃない人がいるんだろ?」
「……」
「だったらオレはお前を助ける」
そう言った少年に、リューンはジェードグリーンの瞳を細めた。
もう、彼には視えている。
他人に心を開かないこの少年の、心の奥。
深紅の瞳に宿る冷たさが、この少年の本性ではないことが。
「君も、大切な誰かを、失ったんだね?」
少年は応えない。だが、マインドソーサラーであるリューンにとって、応えは必要なかった。
「……大切な人の痛みはわかっても……他人の痛みには疎くなれる。だから、人は人を憎むし、傷つける。だけど、君は違うんだね。最初はぼくと同じだと思ったのに。大切な人を失って。……失いたくなくて、人の痛みに気付かなくて、誰も信じられなくて人を傷つけて……でも君は違うんだ」
「……同じさ」
声にならないほど小さく、少年は呟いた。
深紅の瞳がほんの一瞬、哀しみに翳る。だが、一瞬だけ。
「立てるか」
いつもの無表情に戻り、少年が問う。
「なんとかね。それより、君だって怪我してるだろ?」
「別にオレはいーんだ。オレが死んだって、泣く者も困る者もいねーし」
壁を支えに何とか立ち上がったリューンは、それを聞いて微かに笑った。
「……なんだよ」
「ぼくが泣いてあげようか?君が死んだら」
思いもかけなかった言葉に、少年はしばらく呆気にとられたような顔をしていたが、
「……バーカ。男に泣いてもらっても嬉しくも何ともねえよ」
「そーだよね。かえって寂しいよね、そんな人生」
苦笑する彼に、リューンも苦笑しながら茶化す。
「馬鹿なこと言ってないで、早く帰るぞ。妹が待ってるんだろ?」
「うん……あのさ」
「何だよ、今度は?」
うんざりした様子を隠しもせず少年が応える。
そんな態度を気にした風でもなくリューンは続けた。
「君は、セルティを潰すって言ってたよね。ぼくもあの国とはケリをつけなきゃいけないことがあるんだ。……ぼくも、君の旅に、付き合せてくれないかな?」
「……人の話を聞かないヤツだな。オレは誰ともつるまない。お前だってそうなんだろ」
「……」
当然と言えば当然の反応に、溜め息ひとつ、歩き出した彼をリューンはただ追いかけていった。
静寂――誰も口を開かないその空間で、少年の小さな小さな声は、だが追いすがるリューンの耳まで充分はっきりととどいた。
「オレの名は、エスティ・フィストだ」
「は?」
突然のことで何を言われたのかわからず――リューンはきょとん、と彼の後姿を眺めた。
すると彼は怒ったように――事実は照れているのだろう――振り返り、
「一緒に来てもいいって言ってるんだ! だが足手まといだったら捨ててくからな!」
未だに呆けているリューンに、少年――エスティは怒鳴り返した。
大陸歴3020年。
そこから神話は始まった。