回る回る、ぐるぐると回って混ざる。
気がついたら、そんな感覚の中にいた。
どれほどそうしていたのかはわからない、そしてこれからどれだけこうしているのかも。混濁した意識の中を泳いでいるようだった。そこには闇も光もない。
だけど何かに導かれるように、進んだ。
――ここで、何をしてるの?
くんっ、と瞳が開く。
最初に感じたのは、開け放しの窓から風が頬を撫でる感触。
頭に残るのは幼い少女の声。
何故そんなことを問うのか、そもそもその答えはこちらが訊きたい位なのに、だけどその声に導かれて目を醒ましたのは確かだ。
だけどそれ以外にわかるものはない。
思考回路は作動せず、頭の中は真っ白のまま。
ここは何処で自分は誰なのかさえ、何ひとつ解らないままに。
それでも彼は体を起こした。
無感慨な
「……」
初めて、彼の瞳に僅かながら感情が動く。
まるで自分の存在を誇示するかのように音を鳴らしたそれを手にとると、吸い付くようによく馴染んだ。
―― 一振りの剣。
ゆっくりと鞘から引き抜いてみると、見事な白銀の光を放つそれはひどく洗練されている。
自分の剣だ。
直感がそう告げる。そのとき初めて、彼は人の気配に気付いた――
剣を収め、そちらを窺う。
「――君は?」
半開きのドアの向こうに、見覚えのない少女が立っている。いや、少女というより、幼女というべきか――年の頃はせいぜい10かそこらだろう。ブラウンの髪を腰まで伸ばした彼女は、同じ色の瞳いっぱいに驚愕をたたえて、まるで幽霊でも見ているかのようにじっと自分を見つめてきた。
彼女はすぐには応えては来なかった――だが、混乱に陥ったものが冷静さを取り戻すくらいの時間が流れると、やがて彼女はゆっくりと小さな唇を動かした。
「セララ。セララ・バーミントン。あなたは――誰?」
彼は、ややアッシュのかかった煌く金髪と、万人を凍りつけるかのような鋭いアイスグリーンの瞳を持つ青年だった。だがその冷たさの中にはどこか人を惹き付けるようなものがあり、また優しさもある。加えて、非常に整った顔立ちをしていた。
――彼もまた、すぐにはセララの問いには答えなかった。――いや、答えられなかったという方が正しいか。
黙したままの彼に、だがセララはそれ以上何を問うことも急かすこともしなかったのだが、その後から現れたもう1人の少女はそういう訳にはいかなかった。
「あたしは、もう目覚めないと思ってたよ」
こちらを見るなり唐突にそんな声を上げたリアは、セララの手を引き、青年をリビングまで案内して椅子を勧める。
「あんたを助けたのはこの子の姉さんさ。今日は用事で出てるから、あたしがその留守とこの子を預かってるってわけ」
聞いてもいないのに、リアはぺらぺらと良く喋った。だが彼にとっては好都合だったのかもしれない――ぼやけた頭に彼女のよく通る声は飛び込んできて、考える力を呼び覚ましていく。
「……僕は、一体……?」
問いたいことはありすぎて、上手く問いかけの言葉にはならなかったのだが、呟いた彼の言葉にリアは意外そうな顔をした。
「"ぼく"? 見かけによらず可愛い喋り方するんだな」
面白そうに覗き込まれ、青年がふてたような照れたような複雑な顔になる。そんな彼の様子を見て、リアはカラカラと笑った。
「ハハ、冗談だよ。……2年前の聖戦は覚えてる?」
「聖戦……?」
「ラティンステル大陸で起こった戦さ。多くの列強が参加して、セルティ帝国と戦った。この時代で一番大きな戦だろうと学者は言ってるよ」
唐突に、青年の頭の中で何かが閃いた。一度にあまりに多くの記憶が押し寄せ、思わず全てに背を向ける。そんな彼の内情など解る訳もなく、リアは構わず続けてくる。
「あんたはその戦場から担ぎ込まれたんだよ。傷が酷かったもんで、病院に搬送されたんだ。だけど一向に目覚めなくて死人扱いになるところをセララの姉さんが引き取ったのさ。"この人は高貴な光の守護を受けている、だから死んでいる筈がない、いつか必ず目醒める"、そう言ってね」
聖戦、光の守護、リルステル――そんな彼女の言葉の端々が、また少しずつ彼の頭のもやを晴らす。
「……ここは? 何処なんだ?」
ようやく発せられた明確な問いに、リアは即答を返した。
「自由都市レアノルト。リルステル大陸中央部に位置する、ランドエバー王国付近の町だよ」
「……ランドエバー……!」
最大のキーワードが、頭の中で響いた。ようやく、長い眠りから醒めた気がした。
だが――
「……2年前だって?」
思わず身を乗り出して問う彼に、またもすぐにリアは頷きを返す。
「ああ。あんたは2年も眠ってたんだ」
彼女の言葉に瞳を見開く。
もう彼の思考は正常に活動していた。