15.「……どんかん」

 反乱の後、セルティ兵はすぐにスティンから撤退することとなった。王と民が一丸となってセルティに反旗を翻したのだ。王を得て勢いづいた反乱軍に、セルティの雑兵などは成す術もなかった。何しろ反乱軍には王だけでなく騎士隊長も帰還し、かのランドエバーの英雄も助力を惜しまなかったからである。  セルティと戦うことを決意したスティン王アミルフィルドの決意に、国民は大いに沸いた。アミルフィルドの謝罪を多くの国民が受け入れ、少しずつだが王都も活気を取り戻しつつある。もちろん、誰もが王の行いを許し、認めているわけではないが、アミルフィルドは何年かけてもその者たちに償ってゆくと約束した。
 雨雲は夜明け前に姿を消し、昼下がりには温かな光が差している。そんな太陽の元、ミルディンは城壁に寄りかかって、賑やかな王都を見るともなしに見ていた。
「きっと、元通り、素晴らしい国になるわ」
 誰にともなくミルディンは呟いた。そうなって欲しかった。そうやて暫くぼうっとしていたのだが、気配を感じて彼女は顔を上げた。
「ここでしたか、姫」
「アルフェ」
 聞き慣れた声にミルディンが微笑を浮かべる。
「エスティや、リューンを見ませんでしたか? 姿が見えなくて」
「いいえ? 2人に何か用でもあるのですか?」
 問われてミルディンはきょとんとし、アルフェスは呆れた顔をした。
「国に帰るんです! どうせ、勝手に城を抜け出してきたのでしょう? 一刻も早くランドエバーにお戻りに……」
「勝手に出てきてなんていません!」
 叱られたミルディンが、子供のようにぷうっと頬を膨らませる。
「ちゃんとエレフォにもヒューバートにもばあやにも話して、了承は得ています」
「なッ……何だって!?」
 思わず我を忘れてアルフェスは素っ頓狂な声をあげてしまった。エレフォは親衛隊隊長、ヒューバートは近衛副隊長、ばあやというのはミルディンの乳母で、元老院の最高権力者レゼクトラ卿の妻だ。いずれもミルディンの身近な者達である。
「し、失礼しました。……それだけの面子が揃っておきながら、誰も姫を止められないなんて」
 思わず愚痴と溜め息を零すアルフェスに、ミルディンはふと真剣な視線を向けた。
「アルフェス、貴方も聞いてください。確かに、城を空けるなど、わたしは王女として無責任なことをしました。でも、このままわたしが城にいても何も変わらないと思うの。玉座に座っていても、戦火に脅える民を救う事はできないわ。それに、エスティさん達と出会って、思ったの。ランドエバーという、小さい世界を護ったところで、世界を護らなければ平和なんか来ないって」
 途方もない彼女の言葉に、騎士は絶句した。だが立場を抜きにして言えば、アルフェスも彼女と同じようなことを考えてはいた。
「もちろん最初は皆反対したわ。でも解ってくれた。だから、わたしは来ました。だから、帰りません。エスティさん達と一緒に行きます」
 彼女の口調は、既に許可を求めるものではなく、騎士は深い溜め息をついた。こういうときのミルディンには何を言っても無駄と、解っていることがむしろ口惜しい。
「……我儘ばかり言ってごめんなさい」
「もう、慣れました」
 ふっきったような微笑を見せて、詫びるミルディンにアルフェスは敬礼した。
「ご同行をお許し頂けますか」
「……え」
 一瞬ミルディンの瞳に驚きがよぎる。たっぷり数秒かけてその意味を理解してから、それでも恐る恐るミルディンは問いかけた。
「来てくれるんですか……?」
「姫は私だけ国に帰すおつもりですか?」
 拗ねたような顔をしたアルフェスに、思わず吹き出す。笑いながら、ミルディンは返事を返した。
「ありがとう、アルフェ! すごく嬉しい」
 明るく笑うミルディンを、苦笑交じりに見つめる。
 どうせ引き止めても無駄なのだ。ならば、彼女と共に行き、守る。それが自分の務めであり、騎士たる自分の取るべき道だと思った。
「それにしても……」
 微笑みあって会話が途切れ、妙な気恥かしさを覚え、ミルディンは話題を変えることにした。少々唐突だったが、こちらを向くアルフェスはとくに怪訝な様子ではなくほっとする。
「……ルオさんがスティンの王弟で、シレアがその姪御さんだったなんてね。わたし、びっくりしちゃったわ」
 アルフェスも同感だったので、彼女の言葉に深く頷いて見せる。だがふと腑に落ちないことを思い出して、アルフェスは何気なくそれを口にしてみた。
「でも、シレアと言えば。どうして記憶が戻ったんでしょうね。辛い記憶だったろうに」
「……わかんないの?」
 ミルディンの意外な問いに、彼は目を丸くした。
「姫はわかるんですか?」
「わかるわよ。親友だもの」
 得意げにさらりと答える。
 親友といっても二人が会ったのは最近のことだし、共にした時間も圧倒的に少ない。それでも断言する彼女を、アルフェスが不思議そうに見た。いともあっさり、ミルディンは答える。
「多分。シレアがリューンさんの魔法を、偽りの記憶を拒否したからよ。リューンさんが“兄”だという記憶をね」
「どうしてそんなことを?」
 アルフェスは、まだ解らない、という表情をしている。
 苛立ちを見せながら、ミルディンは浅い溜め息をついた。
「……どんかん」