12.剣と彼 〜真実への扉〜

 闇を縫って王城へと突入するエスティ達を、黒い軍服のセルティ兵らが影のように立ち回り行く手を阻む。ルオとアルフェスが先陣を切って飛び出し、一呼吸おいてエスティ、彼らに護られるようにして、リューン、シレア、ミルディンが続いた。
 さらに言えば、エインシェンティアの存在があるために魔法が使えず、攻め手を持たないシレアを庇うようにミルディンが、さらにそれをリューンとラトが庇いながらの進行になる。前線の2人の活躍によって、道が拓くのは思うより容易であった。
 幾らもせぬうち、謁見の間の荘厳な扉に辿り着く。
「行くぞ」
 固い声で、扉に手を伸ばしたエスティだったが、ふと抵抗を感じて立ち止まった。その正体が、リューンが服を掴んだからだと知って彼を見下ろす。深紅の瞳に射抜かれて、リューンは小さな囁きを零した。
「エス。剣を……貸してくれないか」
「……」
 無言で差し出されたエスティの剣を握ると、リューンはその手で扉を開け放した。
 昨日と同じ、謁見の広間に、昨日と同じ白髪(はくはつ)の王が佇んでいる。
「来ると、思っていたよ……」
 真っ先にリューンの姿を見て、アミルフィルドは微笑んだ。同時に、剣を持つリューンの手が震える。それには気づかない振りをして、強く剣を握り締める。
(マインドソーサラー、失格だな)
 心弱きマインドソーサラーは戦えない。自分の心さえ解らない者が、相手の心の機微を読むことなどできないからだ。このまま自分を偽り続ければ、やがてマインドソーサラーの力そのものが失われてしまうかもしれなかった。――だから、あの占い師はあんなことを言ったのだ。
(だけど、これじゃあ同じじゃないか!)
 占い師の金色の瞳に吐き捨てる。そうしたところで彼女はここにはいないし、会う術もない。軽く頭を振って、リューンは剣を構えた。だが、アミルフィルドは動かない。その視線は既にリューンになかった。
「シレア……!」
 王が呻く。その彼の視界に止まった少女は、二年前とは随分変わっていたもののすぐに彼女とわかった。どれほど成長して変わっていっても、姉と同じムーンライトブルーの瞳は変わらない。一等美しい月明かりの夜空の色だ。
 思わず歩み寄ろうとしたが、リューンによって阻まれた。素直に足を止めたアミルフィルドだったが、昨日と違うもうひとりの面子に気付いて、再び呻くこととなった。ただし今度は多分に苦渋が混じる。
「……ミルディン王女」
 その言葉に、微かな殺気と、アミルフィルドの剣を持つ手に力が篭ったのとをアルフェスは見逃さなかった。王が動く前にミルディンの前に出て、彼の動きを牽制する。リューンとアルフェスによって一切の動きを封じられ、アミルフィルドはがくりと床に膝を 付いた。
「何故、姫を狙う」
 崩れ落ちたアミルフィルドに対して、だが油断なく剣を突きつけながらアルフェスが問う。
「皇帝に、殺せと言われたからだ。彼女の中にあるエインシェンティアを奪う為に」
 存外あっさりと彼は答えて来た。俯くアミルフィルドの表情は読めないが、その声は力無い。だが、エスティの表情には(かげ)りが落ちた。
(やはりセルティはミルディン王女を狙っているのか――)
 “(よりしろ)”になったのは他でもないミルディンの意思であるが、こうなるとやはり今更ながら彼女らを巻き込んでしまったことに後悔の念を抱いてしまう。いたたまれない気持ちでエスティはミルディンの方を見た。だが、命を狙われているとわかって尚、彼女には恐怖も畏怖も見られない。それどころか、穏やかな声で言ったものだ。
「アルフェス。剣を下ろしてください」
「……!?」
 予想外の言葉に、アルフェスは躊躇(ちゅうちょ)した。だが、その訴えかけるような強い瞳に、言われたとおりに剣をおろす。もちろん、いつでも斬りかかれる体勢は崩さないままだが――だがそれすら阻むようにしてミルディンはアルフェスの横を通り過ぎてアミルフィルドに近づいた。膝をついた彼の前に、自らもまた跪く。
「アミルフィルド様。わたくし、父上から貴方のことはよく聞かされておりました。若くして王位に就かれたのに、賢くも慈悲ある立派な王であると。ですからわたくしは、二年前に貴方がセルティに降伏されたときも、戦を避け民を護るための勇気あるご英断と信じておりました。……その貴方がこんなことをなさるなど、わたくしには信じられないのです――。一体、何があったのですか。何故皇帝の言いなりなどに……」
「それは、買いかぶりすぎだ。ミルディン王女」
 アミルフィルドが立ち上がる。アルフェスが身構えたが、王に意に介す様子はなく、彼らに背をむけてゆっくりと歩き出した。
「先日も今も……その騎士がおらねば、私はきっと貴女を殺していただろう」
「……アミルフィルド王」
 ミルディンもまた立ち上がると、悲痛な声を漏らした。アミルフィルドがこちらを振り向くが、真っ直ぐなミルディンの瞳からは目を逸らした。
「何があったとしても……私がしたことに変わりはないのだ。姉を殺し、弟を殺し、多くの騎士を殺し――そして、父上のご親友の忘れ形見……そう、ミルディン王女、貴女の命さえ狙った。そして……シレア。あのときこの少年がお前を助けなければ、私はお前も殺していただろう。お前の父を殺したのも母を殺したのも、この私なのだから。そうだろう?」
 言いつつ、彼の視線はリューンに向けられている。
「貴様……ッ」
 挑発だと解っていて、リューンはカッとなった。――それは、普段の彼ではまず有り得ないことであったが――、怒りに身を任せ、リューンが王めがけて剣を振り翳す。
「やめて、お兄ちゃん!!」
「…………ッ!!」
 その剣を辛うじて、止める。切っ先の向こうにはシレアがいた。
「お兄ちゃんなら、もう解ってるでしょ? この人に戦う意志はないわ!」
 はっとエスティはシレアを見た。ひとつの考えが浮かんだからだったが、この場ではそれを確かめる術もなく、ただ黙ってシレアを見守る。
「もうやめて……お願いよ」
 シレアのその言葉は、アミルフィルドに向けたものだった。だが、彼は目を伏せると首を横に振った。
「駄目だ、シレア。遊びは終わりだ。……忘れたか? 私が持つこの剣はエインシェンティアだ。暴発を起こされたくなければ」
「できない!!」
 顔色を変えたエスティ達を余所に、シレアが鋭く叫ぶ。
「できない……! あんなに……あんなに優しかった叔父様に、そんなことできる筈ないわ!!!」
 カシャン。
 軽い音を立てて、リューンの手から剣が離れ、床を滑っていった。