16.開戦 〜最後の戦いの始まり〜
冷たい外の空気を肌に感じて目を開ける――暗い空と、冷たい地面。
「ミラちゃん、アルフェスくん!! 大丈夫!?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、イリュアの金色の瞳と目が合った。
どっと押し寄せる安堵と、エレフォを残してきたことへのはりさけそうな不安と後悔とで半ば錯乱しかかりながら、だが必死に叫ぶ――
「アルフェスが……!!」
彼女が言うまでもなく、血まみれで倒れたままの彼を見るなりイリュアは表情を固くした。
ミルディンがすぐにリザレクトスペルを紡ぎ始めているがとてもそれで足りるようには見えない――
だがふいにその光が幾重にも強まる。
「ラルフィリエル……さん」
その気配に気がつき名を呼ぶと、彼女はシルバーブロンドを揺らして微笑んだ。
「大丈夫。助かるから」
彼女から迸る強い光は見る間にアルフェスの傷を癒していき、ミルディンは深く頭を下げた。
そんな彼女にラルフィリエルはちょっと困ったような困惑したような表情になり、視線を落とすとアイスグリーンの瞳と視線が合う。
「……馬鹿。あんな剣の振るい方をしてるからだ」
思わず呟いたラルフィリエルにアルフェスは苦笑した。
これでもう3人の剣士に叱られたことになる――
「はは……そうだな。すまない」
「いいから喋るな。休め」
ぶっきらぼうだが、優しさを含んだ彼女の言葉が遠くで聞こえる。
仲間達と合流できた安堵に、意識を保つのも最早限界だった――
「あーあ、だから言わんこっちゃねぇ」
「ミラ!!」
ルオが頭をかきながらこちらに向かって歩いてくるが、アルフェスのそんな状態を見るなり溜め息を つく。一緒に現れたシレアは名を呼びながらまっすぐミルディンに駆け寄ると、ぼろぼろと涙を流した。
「ミラ、心配したよぅ……。でも、無事でよかった……アルフェスさんも、大丈夫だよね? 助かるよね?」
シレアに問われてラルフィリエルが頷く。
「ああ……でも、医者を手配したほうがいい。血は止めたが、骨も何本かいってるようだし」
「えっ」
シレアにとっては痛みを想像することもできないことをサラっと言われ、気が遠くなりそうになる。
だが彼女の言うとおり出血も収まり、整った呼吸で眠るアルフェスを見てミルディンはようやくいくらか落ち着きを取り戻していた。
「――ここは、どこなの?」
「スティンよ。ランドエバーと通信がとれなくて、ひとまず先にスティンでおじさんやシレアちゃんと合流したの。そしたらすぐにケパちゃんに呼ばれて、ここまであなたたちを導いたっていうわけ」
問いに答えるイリュアの表情は、暗さでよくは窺えないか幾分憔悴しているように見える。
サリステルからここまで転送呪で跳んだあとだ、無理もないだろう――
手短に説明を終えると、イリュアはルオに向かってこれまた手短に要求した。
「おじさん、医者」
「はいはい、城に行きゃ宮廷医師がいるとおもうぜ。連れてってやるよ」
「動かすんなら固定してからの方がよくない? 骨折れてるんでしょ?」
別の声の闖入に――だがミルディンはセルリアンブルーの瞳を丸くした。
それはここに在りえる筈のない声。
「リュ……!?」
ジェードグリーンの美しい瞳と目が合い、叫びかけたミルディンに、リューンはそっと口元に人差し指を当てた。
その視線がシレアに向いて、唐突に彼が言いたいことを理解する。
何故と、問いたいことはあったがそんなことはどうでもいいようにも思えた。
彼は生きている。
それだけで、もういいではないか。
「2人共無事で、本当によかった」
最後に長い黒髪を揺らし、真紅の瞳を細めて、彼が微笑む。
「ありがとう――エスティ」
うん、生きてる――
私も、アルフェスも。
だからきっと――エレンも無事だよね?
ようやく動かなくなった女騎士を見下ろし、黒き青年は浅く溜め息をついた。
「……勝てる訳ないのに。ボクの力は神の力なのだから……ねぇ、皇帝?」
独り言ち、前髪をかきあげる。それからいくらも立たぬうちに、足音が聞こえてきて、レガシスは 牢を出た。その主を出迎えるため、というよりは、アルフェスを逃がしてしまったことを知られない為と彼女の姿を見せない為だ。
知られれば色々面倒があるだろう――
「レガシス様、こちらでしたか――」
「うん――それで、レゼクトラ卿。例の手配は大丈夫?」
「は、万事滞りなく……」
「そう、ご苦労様」
牢の方を気にするようにしている彼を促すように、にこやかにレガシスは歩き出した。
まだレゼクトラ卿は牢の様子が気になるようではあったが、従順にレガシスに従う。
そんな家臣の様子に、彼は満足そうに笑った。
「じゃあ予定通り――セルティに宣戦布告を」
無邪気なまでに漆黒の王子は微笑む――
大陸歴3022年――
軍事大国、聖ランドエバー王国がレガシス・G・ウォーハイドを総大将とし、セルティ帝国に宣戦を布告した。
それをきっかけに、やがてファラステル大陸からも多くの国々が一斉蜂起し、ひいては騎士団を 失ったスティン王国までもが、騎士団を再編成、戦いに望む姿勢を取る。
またそれに乗じ、帝都をはじめとする帝国領のあちこちで反乱が巻き起こり、今このラティンステル大陸、セルティ帝国でかつてない規模の戦争がその幕を開けようとしていた。
セルティ帝国皇帝、ガルヴァリエル=セルティは、だがまるでそれを待っていたかのように悠然とそれらの連合軍を迎える。
それは神と人との最後の大戦でもあった――だがそれを知るのは、神と、神に立ち向かうことを使命とされた少年だけだった――