15.Beautiful Fighter

「エレン……!!」
 アルフェスの方へ駆け寄りながらも、安堵と不安の入り混じった声でミルディンが叫ぶ。
 名を呼ばれて、エレフォは少し微笑んだ。だがすぐにいつもの鉄壁の表情に戻ると油断なく既に抜き放っている剣を構える。
「キミもボクに剣を向けるんだ……? ボクは」
「お前は姫に刃を向けた。親衛隊長である私が剣を振るうにそれ意外の何も関係などない」
 言い終わる前にエレフォの足は地を蹴っている。紙一重でレガシスがそれを避けるも、彼の黒髪が数本ハラリと舞った。
「……強いね」
 目つきを険しくし、レガシスは素直に賛辞を述べた。
 崩すのは難しそうだ、口の中で呟く。
「キミみたいな手合いは扱うのに困るんだよね……こちらの駒になってくれるなら最高なんだけど」
「寝言をほざくな」
「……それも難しそうだ」
 休みなく繰り出される美しいとも言える彼女の剣閃をいなしてレガシスは溜め息と共に言葉を吐き捨てた。
 会話と同時に彼女の攻撃をやり過ごすのは容易くない。
 それは非常に不快なことでもある。
 手にした剣でエレフォの斬撃を裁くと、レガシスは大きく跳んで間合いをとった。
 魔法を使うつもりだ――咄嗟に悟る。
 彼から放たれる圧倒的な闇の威圧からすると、その威力は想像に難くなく、すぐさまエレフォは走った。思ったとおりにレガシスが手をかざす。印を切る様子はない――
(具現までに間に合うか――!?)
 数秒に満たないその小刻みな時間の中でエレフォは焦燥した。
「闇に眠れ」
 精霊の凄まじい流れを肌に感じ、先ほどの疑問の答えがNOであったことを知る。それでもエレフォは剣を繰るが、その剣先は彼には届かない――
 闇に縛り付けられるような感覚。
 闇に体が蝕まれる――
(……姫!)
 魔法が及ぶのは何も自分だけではないだろう。
 エレフォの焦りは、だが唐突に解放される。
 パンッ、と何かが弾けるような感触とともに体が自由になり、同時にミルディンを振り返る。
 視界に入るのは翼を広げた銀色のドラゴン――
「ラト!」
 ラトがレガシスの闇の魔法を打ち消したに相違なかった。
 ほっとしたようにミルディンが叫ぶが、ラトの表情は苦悶のそれに近い。
「ボクの闇の結界の中では具現を保つだけで精一杯だろうに。流石はエインシェンティア、か?」
『貴様の……その力――、』
 苦しげにラトが漏らした言葉に、ミルディンは良く似た威圧を思い出していた。痛みに喘ぎながら、アルフェスもまた。
 2人の脳裏に、共通のある人物が浮かぶ――
「ボクの力? これはね……魂となってこの国に縛り付けられていたボクを解放してくれた、
カミサマがくれた力だよ」
 にっこりと笑ったその彼の笑顔を、エレフォはおぞましいとすら思った。
 世迷言を、となじってやろうかと思ったが、彼から感じられる力は確かに人のそれを超えている。
「――アルフェス」
 剣を握りなおし、緊張した面持ちでエレフォが呟く。
 視界の端で、アルフェスが僅かに顔を上げたのが見え、油断なくレガシスを睨めつけたままエレフォは続けた。
「姫を連れて、退け。早く。この国を出るんだ」

 こいつは――ヤバすぎる。

 除々に膨れ上がるレガシスの力を感じて口早にそう告げる。
「はは、ボクが逃がすと思う? それにその体で守護神に何ができる?」
 嘲るレガシスに再びエレフォが駆ける。
 すかざずレガシスが手をかざし、そしてそこに闇が生まれ、エレフォの行く手を阻む。だが、
「光よ!」
 闇の威圧の合間を縫ってとどくアルフェスの鋭い声に、全ての闇は霧散する。
 その機を逃さずエレフォは剣を疾らせ、レガシスが生んだ剣がそれを受ける。
 軽くはねのけようとするのだが、纏わり付くような光の威力に力を削がれ、レガシスは忌々しそうに 歯噛みした。
『ミラ、ケパの魔法で脱出できる。ここは退いた方がいい。あいつは――』
「でも、エレンが!! エレンを置いてはいけない!」
 ミルディンが悲痛な声をあげる。
 既に空間を裂いて現れ、蒼い光を放ち始めたケイパポウに、懸命に首を横に振る。
 そんな彼女の視界の端、すぐ傍で何かが動く。
「アルフェス……!」
「姫……、行ってください。私も……戦いますから」
 剣を杖にアルフェスが立ち上がる。
 ますます悲痛な表情になったミルディンが何か言う前に、レガシスと膠着したままのエレフォが言葉を挟む。
「お前も行くんだ、アルフェス。姫を護れ」
「だけど……!」
「迷うな、アルフェス」
 レガシスの剣を受けたまま、ほんの一瞬エレフォは彼を振り返った。
「迷うな。答えなどない―― 行け!!」

「パポーーーーーーーーーッ!!」

 ケイパポウの鋭い鳴き声が地下室に響き、蒼い光がスパークする。

「……キミが護りたいのはお姫様だけじゃないね」
 ギィンッ――
 光の威圧が消え去って、自由を取り戻したレガシスがエレフォの剣を弾く。
「弟だから?」
 レガシスが笑う。エレフォは答えない――
「その鉄壁の表情の下で、キミもまた下らない人の情に縛られているのか」
 失望したようなレガシスに、エレフォは笑んだ。
 万人を惹きつけるような、妖艶で美しい笑みを――

「ああ、"人"だからな」

 そして彼女は剣を振るう――