ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 4


「フリートさん、それにイリヤ……!」
 抱えられていた手から解放されて地面に降りてから、ようやくティラは助けてくれた青年と、目の前に立つ少女の名を呼んだ。イリヤ=グランヴァニスと、フリート・シルヴァス。それが彼女らの名で、彼女こそが先の一件で知り合った、ここヴァニスの姫だ。
「どうして……」
「町の視察ですわ。復興作業に当たっている方に声をかけているんですの。そうしたら貴方の声が聞こえたものですから」
 腰を手に当てて、高飛車な喋り口調でそう言うイリヤには、別れたときの憔悴した様子はもうどこにもなかった。出会ったときのような元気を取り戻していたが、物腰はどこか柔らかいし口調にも嫌味がない。表情には、純粋に再会を喜ぶ笑顔があった。そして再会が嬉しいのはティラとて同じだ。だが、ティラには素直に笑えるだけの余裕がなかった。
「ありがとう。助かったわ」
 とりあえず礼は述べたものの、あまり悠長にはしていられなかった。こんなところを連盟に見つかれば、ヴァニス国を巻き込むことになってしまう。それは、復興途中のヴァニスにとって迷惑極まりないだろう。
「ごめんなさい。会えたのは嬉しいんだけど、行かなくてはいけないの」
「水臭いですわね。お困りでしたら力を貸しますわよ?」
 ティラは何も語らなかったが、状況と様子で察したのだろう、イリヤがそんなことを言ってくる。それは本当に有難い申し出だったが、それだけにやはり彼女らに迷惑はかけたくなかった。
「ありがとう、本当に嬉しい。でも、巻き込めないわ」
「あら、わたくしは既に無関係の貴方を巻き込んでいるんですのよ? 気にすることなどないのではなくて?」
 口に手を当て、ころころとイリヤが笑う。そんな言い様に、思わずティラもくすりと笑った。それを見て、イリヤも勝気な笑顔の中にどこか安堵に似たものを混じらせた。だが、あることに気付いてきょろきょろと周囲を見回す。
「そういえば、お兄様はどこですの?」
「……今は一緒じゃないの」
 ようやく浮かんだティラの笑顔は、だが一瞬で影をひそめてしまった。一転悲痛な顔になってしまったティラを見て、イリヤとフリートが顔を見合わせる。それからイリヤも笑顔を消して、ティラの手を取った。
「事情を話して下さいまし、ティエラ。……わたくし貴方に恩返しがしたいと、あの日からずっと思っていたんですの」
 同じ青い瞳に見つめられ、迷うティラを後押しするように力強い声をイリヤが上げる。
「きっと力になってみせますわ」
 その声の温かさに、ティラの中で張り詰めていた何かが溶けていった。それが溢れ出るように、ティラの瞳から涙がいくつもこぼれる。
「……兄さんのところに、戻りたい」
「リゼルはどこにいるんですの?」
「わからない。別れてから随分時間が経ってしまったし……」
 握り締めたイリヤの手の上にティラの涙が落ちる。そんな弱気なティラは、イリヤの知らない姿だった。そしてそんなティラの姿は、イリヤにかつての自分を彷彿とさせた。
「……わかりましたわ」
 ほとんど事情など説明していないも同然なのに、イリヤは強い口調でそう言った。そして、ティラからフリートへと視線を移す。
「フリート」
「……は」
「ティエラを、お兄様の元に送り届けてあげなさい」
「はい」
 迷わずフリートにそう命じたイリヤに、ティラは驚いて顔を上げた。
「駄目よ、イリヤ。私が連盟に追われていたの知っているでしょう? 兄さんが私の保護を連盟に依頼してるの」
「それが何だと言うんですの?」
「全ての国家は連盟への帰属義務があって――」
 イリヤが強気なのは連盟と国家の関わりを知らないのだと思い、ティラが説明を始める。だがイリヤはその途中で、ぱん、と握っていたティラの手を叩いた。
「世間知らず扱いはやめて下さいませ。わたくしちゃんと勉強していますの。それくらい知ってますわ。でも相手が連盟でも神でも魔王でも関係ないの」
「イリヤ……」
 目を細めて、イリヤが鋭い視線を向けてくる。でも決して怒っているわけではないことは、ティラにはちゃんと解っていた。ごめんなさい、と呟いたティラに、ふっとイリヤはやわらかな笑みを戻した。
「……わたくしはこの国を出られません。でもヴァニスの国境まで城の馬車を出すことはできますわ。それに乗ってここから脱出なさい。後はフリートが守ってくれますから」
「本当にいいの? この国に迷惑がかかってしまうかもしれないのに? それに私、何か狙われてるみたいだし……」
「要はバレないようにうまくやれば良いのですわ。シルヴァスもお母様も、ティエラを助けるためならきっと解ってくれます。事情はよくわからないけど、狙われているならば余計に護衛は必要でしょう? フリートの腕はあなたも知っている筈。心配することは何もありませんわ」
 なんでもないことのように言ってのけ、イリヤが笑う。言いながら、イリヤはティラのリボンへと手を伸ばした。怪訝な顔をするティエラをよそにそれを解くと、イリヤはコートのポケットを探り、赤いリボンを取りだした。見覚えのあるそれに、あ、とティラが小さく声を上げる。それは、ティラがかつてイリヤに貸したリボンで、それをイリヤはティラの髪へと結びつけた。
「いつあなたに会っても返せるように、いつも持っていたんですのよ。……ああ、やっぱりそっちの方が似合いますわ。さあその悪趣味なリボンを、さっさとお兄様に叩き返してきなさいな」
 晴れやかに笑うイリヤからリボンを渡され、彼女を見る。礼を言いたいのに、声が詰まって出なかった。ありったけの感謝を心の中で述べ、そしてティラは受け取ったピンクのリボンを、強く握り締めたのだった。



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