ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 3


 物陰から顔をほんの少しだけ出し、注意深く周囲をきょろきょろと見回す。そうして、フードを目深に被り、走りだそうとして、慌ててやめる。路地裏にしゃがみこんで、ティラは大きく息を吐きだした。さっきの一瞬に跳ね上がった心臓が、まだどくどくと大きな音を立てている。
「……やっぱり、停車場はおさえられてるわよね。これからどうしよう」
 大陸連盟に保護されて家路についていたティラは、だが連盟員の目を盗んで彼らの元から逃げ出していた。兄の元に戻りたい一心での咄嗟の行動だったが、未だに逃げ出した場所であるヴァニスから出られていない。乗合馬車に乗ろうと停車場の近くに身を潜めてみても、町のそこかしこに連盟員がうろうろしているため身動きが取れない。彼らにしてみても馬車に乗られてしまえば捜索が難航するだろうから、真っ先に乗合馬車の停車場を押さえるのは当然のことだった。
 逃げ出したときは不意をつけたが、ここで捕まってしまえばもう彼らに油断はなくなる。脱出は難しいだろう。このチャンスを逃すわけにはいかない。
 だとすれば。
 ティラは俯いていた顔を上げると、屋根と屋根の間から覗くヴァニス城を仰ぎ見た。
 乗合馬車に乗れなくても、方法はもうひとつある。城ならば、馬車を有しているだろう。
 以前兄とヴァニスを訪れたときに巻き込まれた一件で、ティラはヴァニスの姫と面識があった。頼めば、馬車を出してくれるかもしれない。そうは思うのだが、そんな厚かましいことをためらいなく頼めるほどティラは図太い神経をしていなかったし、何より全ての国家には大陸連盟への加盟義務がある。とくにヴァニスはまだ復興途中だ。連盟に逆らうだけの力はないだろうし、それによって招く被害も甚大だろう。
 自分の我儘だけのために迷惑はかけられない、そう思い二の足を踏んでいた。だが、このままではそのうち暮れる。
 路銀はほとんど兄が持っていて、ティラは小遣い程度しか持ち合わせがなかった。宿を取れば馬車に乗れなくなるし、そもそも宿も連盟に押さえられているかもしれない。いよいよ困り果て膝を抱えていると、ふとその上に影が落ちた。どきりとして、ばっと顔を上げたティラの瞳に、連盟の制服が写る。
「……ッ」
「ティエラ様ですね?」
 弾かれたように、ばっとティラは立ちあがった。だが逃げようにも、連盟員の手は既にがっちりとこちらの腕を掴んでいる。
「お願い、放して。兄さんの所に戻りたいの」
「その貴方のお兄様から、貴方をお送りするように依頼されているのです」
「それはなかったことにして。貴方に迷惑はかけないから」
「そういうわけには参りません」
 懸命にティラは訴えたが、連盟員からは無情な声が返ってきただけだった。ぐい、と腕を引かれる。このまま表に出て他の連盟員にも見つかれば、それで終わりだ。
「いやっ、放して!」
 必死に踏ん張って振り払おうとするが、ティラの力では結果は見えている。一瞬魔法を使おうかとも思ったが、ここでこの連盟員を傷つければ、公務執行妨害どころか障害罪だ。そんなことになれば、家族に迷惑をかけてしまう。それはできない。
 兄の元へ戻り、また一緒に旅をするのは、もう無理なのだろうか。ティラが諦めかけたそのときだった。
「……!?」
 唐突に手が離れる。突然に帰ってきた自由に、ティラはバランスを崩して転びそうになったがどうにか耐える。何故、と訝るが、それを確認している暇はなかった。この好機を逃す手はない。そのまま走り出そうとすると、だがまたも手を掴まれた。
「待て」
 放してという叫びは、その声が聞こえて喉の奥に止まった。振り払おうとするのもやめる。その声には聞き覚えがあった。
「あなたは――」
「しっ」
 振り返り、声を上げかけたティラを制して、闖入者は片手でティラを抱え上げた。そのまま跳躍して屋根を越える。呪文(スペル)を詠む声が聞こえたが、すでにそれは遠い。
 危機を脱したことを知り、ティラは安堵の息を吐くと、自分を抱えるその腕の主を見上げた。大剣を背負った、黒髪の青年。目があった一瞬に、彼は解るか解らないかくらいの薄い笑みを浮かべた。だがすぐにそれを消し、それから屋根伝いに大通りを二つ越し、細い道へと降り立った。それを待ちかねていたようにして声がかかる。

「久しぶりですわね、ティエラ」

 そこで待ちかまえていた人物もまた、ティラのよく知った顔だった。



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