――その、数ヶ月前のこと。
二つの剣が交わり、弾き返し、間合いを取る。それと同時に、パルパレオスは己の剣を交錯させた。
「アイスヒット!」
激音と共に吹き荒れる冷気を、
「フレイムヒット!」
同様に交錯したビュウの剣から迸る熱波が飲み込む。
その爆風に紛れ、再びビュウが地を蹴る。
「っらあああ!」
咆哮と共に彼の剣が一閃し、
「おおおっ!!」
パルパレオスが受け止める。そして片方だけの剣を繰り出し、下段からなぎ払う。今度はビュウがもう片方の剣でそれを受ける形となった。しばしお互いに膠着が続く。
「レンダー!!」
それを打ち破ったのは、鋭いパルパレオスの叫びだった。その声に、大人しく控えていたレンダーバッフェが風を巻き上げて高く飛翔する。
「! サラマンダー、『こい』!!」
反射的にビュウも叫び、真紅の竜は赤い軌跡と共に羽ばたいた。
二匹の竜は、互いに主人を護らんと咆哮し、ブレスを巻き上げる。
「サラマン、『まて』!」
手の力は抜かないままビュウが叫ぶ。何よりもビュウに忠実なサラマンダーが吐き出しかけたブレスを止めたその瞬間に、レンダーバッフェが凄まじい冷気の息を吐く。
「飛べ!」
再びビュウが叫び、サラマンダーは刹那のうちに、高く空へと飛翔した。
先ほどの必殺剣の駆け引きのように、同様にブレスで威力を相殺させると読んでいたパルパレオスが、ここにきて驚きを見せる。傍から見れば、サラマンダーがレンダーバッフェのブレスを避けた、それだけのことだが――
(レンダーのブレスをかわす、だと……? それも一瞬のうちにあれほどまで高く飛翔できるとは)
成長したのは剣の腕だけではないようだ。最初に合間見えたときは、パルパレオスから見たビュウなどまだまだひよっこだったというのに。
剣を握る手に力が篭る。
時の流れは、色んなものを変えていく。過去だけは変えてくれないのに無情なものだ。
そうして感傷に浸ったほんの一瞬の隙に、拮抗していた剣が跳ね上げられる。
「レンダー!」
だがさらに隙を作るほど甘くはない。パルパレオスの呼び声にレンダーバッフェがこちらへと戻ってくるが、
「サラマンダー、『行け』!!」
その行く手をサラマンダーが阻んだ。その間にも続くビュウの斬撃を全て正確に受け止め、
「サンダーヒット!」
再び必殺剣を放ち、その場をかく乱する。そうやって産んだ虚をついて、冗談に剣を振りかぶる。だが――
その刹那、ビュウの透き通った青い瞳が、不敵に微笑むのが見えた。
「セイント……ヒット!」
閃光が視界を塗り、咄嗟にガードするも両手が塞がってしまう。
だが思いのほか、必殺剣の威力は大したものではなかった。恐らくは、力をセーブしたのだろう。怪我はないが、この一瞬を逃す彼ではない。
覚悟した一撃は、しかしいつになってもやってくることはなかった。
「……?」
怪訝に思って顔を上げると、ビュウは剣を構えたまま、間合いの外にいた。
「どうした? もう終わりか?」
「……フン」
らしくない彼の挑発に、敢えて乗るようにパルパレオスは軽く鼻を鳴らすとさっと体勢を整えた。そして再び、ビュウへと斬りかかる――
「やめてッッ!!!」
だが、そこで二人の動きはぴたりと止まった。
ふわりとうねるブロンドをひるがえし、駆け込んできたのは――
「ヨヨ……」
どちらからともなくその声が漏れる。ヨヨが、肩を激しく上下させながら必死に言葉を紡ぐ。
「やめてよ……どうしたの? 二人とも……、急に、こんな…………」
切れた息の合間に零れていく言葉に、ビュウは目を伏せると剣を納めた。それに倣うようにパルパレオスも剣をしまう――片方のみを。
残るひとつの抜き身の剣を、パルパレオスはしばし無感慨に見つめていたが。
「ビュウ!」
ひゅっと、空を切る音がパルパレオスの声に重なる。反射的に、ビュウは目の前に飛んできたそれを受け止めていた。
「通算、俺の一勝二敗だ。戦場に情けは無用。そうだろう」
「将軍」
手に収まったパルパレオスの剣に視線を落としながら、誰にともなくビュウが呟く。
「ここは戦場じゃない。僕と貴方の戦場は――あの思い出の教会だった。今僕は、争い合うために戦ったんじゃない」
その言葉を受けて、パルパレオスは目だけで笑った。
「俺にとっては、全てが戦場だ。このカーナの何処であろうと。マハール、キャンベル、ダフィラ、ベロスも、ファーレンハイトやトラファルガー、アルタイル……俺が訪れる場所全てが俺の戦場。俺には戦場が必要なんだ、ビュウ。俺は――」
ビュウとヨヨを交互に見つめ、独白するように小さく、だがはっきりとパルパレオスは呟いた。
「俺はグランベロス皇帝サウザーが部下、将軍パルパレオスだ」
一陣の風が舞う。日を重ねるごとに冷たくなってゆく風は、冬の訪れを告げている。
(もし……)
少女は祈るように、胸で手を組んだ。
(もし、私が女王でないのなら……カーナ女王でなければ……)
そこまで考えて、彼女は強く頭を振った。
これ以上は考えられない。
これ以上は、ビュウを――皆を傷つけてはいけないのだ。
「行ってしまうのね? パルパレオス」
静かにパルパレオスが頷き、ヨヨは諦めたように笑った。ビュウの視線が責めるようにこちらを見たのがなんとなく解ったが。
他にどうしようもなかった。
「済まないヨヨ。だが、俺は――」
「……わかってる」
少女は精一杯の笑顔で――だがかすれた声で――そう言った。
「元気で」
それが限界だったのだろう。それきりヨヨは口を開かなかった。
かける言葉の見つからないパルパレオスの耳に、空気を裂く音が届く。そちらを見やり、飛んできた剣を受け止める。
「……これは、ビュウ。お前の――」
「クロスナイトが、一振りだけの剣でどうする」
言ってビュウはパルパレオスの剣を掲げた。
「僕は貴方を恨んでいない。だけど、これを形見にするつもりなら、僕は貴方を許さない。勝負は持ち越しだ。必ずこれを取り返しに来い!」
吼えてビュウは二人に背を向け、赤き竜に跨った。
二人を残し、赤い竜は高く高く飛翔してゆく――。