「というわけで、かなり無茶苦茶だった」
リゼルが目覚めたのは、それから丸二日が経過した昼過ぎだった。そして、今は三日目の朝になる。
元々禁呪で受けた傷が治り切っていないところを、謎の黒髪の男との戦いでまた傷を負い、その体で得体の知れない力に向けて突っ込んだのだ。かなりの重傷だったのだが、今では動けるまでに回復した。そこまでの短時間で目覚めて動けるようになったのは、サーラの治癒のお蔭に他ならない。
そのサーラからことの顛末を聞いたリゼルは、だが今度は精神が重傷を受けたようだった。ぶるぶると震えながらベッドの上で固まってしまっている。
「そうなんだよ……滅茶苦茶なんだよ、あの人……」
「あの黒髪の男には、結局逃げられてしまったんだが。マリスも助かったし、あの双子から組織の全貌が割れれば本格的に連盟も動く。連盟に協力することであの双子も保護されるだろう……おい、聞いてるのか、リゼル」
せっかく気を失っていた間のことを話してやっているのに、リゼルは両手にシーツを握り締め、うわごとのようにぶつぶつと繰り返すばかりである。この調子では、気を失っている間に母が帰っていて良かったのだろう。前述の通り、黒幕らしき男には逃げられたものの、他のエレメンター達を捕縛し、リゼル達の母は一足先に国へと帰っていた。
ふう、とサーラはため息をつき、それにしてもと話を変える。
「リゼル。お前、大陸連盟創始者の息子だったんだな」
不意を突かれた言葉で、リゼルははっと我に返った。震えるのもうわごとを言うのもやめて、ベッドからサーラを見上げる。
「……ごめん。騙そうとしたわけじゃないんだ」
「解っている。お前に人を騙す技があると思わん」
腕を組んでこちらを見下ろすサーラの言葉は相変わらずどこか棘があり、リゼルは苦笑した。
「そんなお偉いが正義の味方などとほざいて世界を放浪するんだから、世も末だ」
言葉にこそ棘があるが、サーラの表情は柔らかい。苦みのない笑みがそこにはあって、リゼルも苦笑をやめると微笑んだ。だが、サーラが脇にあった荷物を抱えるのを見て、それも消す。
「もう行くの?」
「ああ。もう傷の心配もないだろうし、……父に会えることになったから。お前の母がそう約束してくれた」
だったら、一刻も早くそうしたかっただろうにと考え、だがそれでも残ってくれていたのは自分の治癒の為だと気付く。慌てて謝罪と感謝を述べようとリゼルは口を開きかけたが、その前にとげとげしい声に戻ったサーラの方が先に口を開いていた。
「それに、妹に添い寝して貰わないと眠れない変態シスコンに、いつまでも付き合っていられんからな」
サーラのそんな言葉を受けて、リゼルはてへ、と笑っただけだったが、その隣にいたティラが真っ赤になった。気がついてからこのかた、リゼルはかたときもティラを手放さないのである。
「もう絶対離れないって約束したからな! 1秒も離れない! 嫁になんか絶対行かせない!!」
と聞いてもいないのに主張され、フリートなどリゼルが目覚めてそうそうに厄介払いされた。
ただでさえ極度のシスコンだったのに、それに輪をかけて酷くなってしまったわけである。ティラとしては、自業自得といえども頭が痛い。
「というわけで、今日も一緒に寝ようね!」
そう言ってティラに抱きつくリゼルを見て、サーラが呆れたため息とともに踵を返し。
そしてぎゅむぎゅむと抱きつかれながら、苦しい、とティラが呻く。
「もう、にいさんのばか!!」