ストレンジツインズ 兄妹と銀紫の魔女 7


 東の空が白み始めた頃、ふいに背後に感じた気配にサーラは足を止めて振り返った。果たしてそこには想像通りの人物がいたのだが、その姿が想像とは少し異なっていて、仏頂面が少しだけ解ける。そしてその理由を、相手は正確に読みとったらしかった。
「ウザがられるかなと思って」
 少し気まずそうに笑いながらそんなことを言う銀髪碧眼の少年は、だがいつものピンクのジャケットは着ていなかった。後ろで長い銀髪を束ねていたピンクのリボンもない。シンプルな旅服は黒で、男物だ。美貌はやはり目を引くが、今までほど浮いてはいないし、そういう格好をしていれば普通の少年に見える。
 だがそうしている理由を先ほどの言葉と照らし合わせて考えてみれば、サーラの口からはため息が漏れた。
「ついてくる気か?」
「サーラさんに他に目的があるのは解ってる。邪魔はしない」
「……ティエラは?」
 答える彼の声はいつになく真剣なものだったが、それには直接応じずに、サーラが口にしたのはまたも疑問だった。問いかけた後、泣くかもしれないと一瞬サーラは本気で思ったのだが、リゼルは少し寂しげに表情をゆがめただけだった。
「サーラさんに言われた通り、陸連に保護を要求したよ。ついでに、家に送ってもらうように頼んだ」
「お前はよく拘束されなかったな。あの精霊使い(エレメンター)達のことは話したんだろう」
「妙な奴らに狙われてるという程度にはね。俺は銀紫の魔女捕獲に協力すると言ったら割とあっさり解放してくれたよ」
「それで私を捕獲しにきたのか?」
「まさか」
 リゼルが肩をすくめて見せる。そんな皮肉めいた仕草は別人のように見えた。
「ただの口実だよ。俺は――」
「でなければ私を餌にあいつらをおびき寄せて、ティエラの身の安全を図ろうという腹か?」
「……サーラさんから見れば、そうだろうと思う。でも、さっきも言ったけど邪魔はしないし、役に立つと思うよ」
 リゼルが腰の刀に触れて、その刀が僅かに鳴く。その音も、覚悟を決めたような表情も、大人びた視線も。
 そこにある全てが彼の本気を物語っているのに、何故かサーラが感じるのは、今まで以上の苛立ちだった。
 妹にべったりで、馬鹿面で、すぐ泣いて、正義の味方を謳われるよりもだ。
「私も毒されたものだ」
 ふ、ととサーラが失笑する。そうしたのは、苛立ちの理由にサーラ自身が気付いたからだが、その真意がわからないリゼルは怪訝な顔をした。その彼からはもう目を逸らして、髪を払って踵を返す。
「確かに嘘がうまくはない。君はそんな下手な駆け引きをするような人間じゃないだろう」
 見ていないが、リゼルがはっと目を見開くのが見えたような気がした。彼とはそう長い付き合いでもないし、嫌いとまでは言わないが好きでもない。どちらかといえば苦手な人種だ。だが、憎めない。
 それが彼という人物なのだろう。

「……ティラも、サーラさんも守りたいんだ。だから一緒に行かせて」

 肩越しに彼を横目で見て、サーラは苦みのない笑みを浮かべた。
 さっきよりずいぶんと言葉は陳腐だが、さっきより遥かに瞳に宿る光は強い。そのことに満足してしまう自分も大概甘くなったものだと思うが、悪い気はしないのもまた事実だった。
「好きにしろ」
 一言だけ流して、歩き出すと、当然のように気配は後をついてきた。
「それから、もうひとつ頼みがあるんだ」
「なんだ」
「俺に魔法のことを教えて。あいつらと対抗するのに必要だと思うんだ。俺には、あいつらが使う魔法と普通の魔法の違いすらわからないから……」
「親切丁寧な説明はしないぞ」
 サーラから零れる言葉はどこまでもぶっきらぼうだが、リゼルはそれでも笑った。他にも聞きたいことや確認しておきたいことはいくつかあったが、とりあえずその場はそれ以上の会話を打ち切り、歩き出す。

 早足のサーラに少し遅れて、リゼルが後を追う。そして登り始めた朝日の光が、さらにゆっくりとその後を追っていた。  



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