ストレンジツインズ 兄妹と銀紫の魔女 4


「やァ、正義の味方。また会ったね」
 楽しげにそんなことを言いながら、黒いローブの少年が邪気のない笑顔を浮かべる。だがリゼルは反対に笑顔を消すと、油断なく刀を構えたまま黙って彼を――ユリスを睨みつけた。
「こいつだよ、ティラを狙ってるのは」
「ふん……、私に絡んでくるのとは違うやつだが……」
 二人の短い会話を聞いて、ユリスがさらに口角を釣り上げて笑う。そうすると、邪気がなかった笑みに少し陰湿なものが混じった。
「同じだヨ、“銀紫の魔女”? キミのことは聞いている。彼女が狙っているものは、ボクも狙っている。でも、狙っているからと言って敵じゃないけどね」
「敵じゃないからといって友でもない。それでも敵じゃないというなら私に構わないで貰おうか」
「それは無理だ」
「なら敵だ」
 すっぱりと断定するサーラに、ユリスは肩を竦めた。そんな隙だらけの様子を見せながらも、ユリスに油断はない。三者とも牽制し合いながら、だがまだ誰もしかけない。そんな間を縫って、ユリスから視線は外さずリゼルはサーラに気になっていたことを問いかけてみた。
「サーラさん、“銀紫の魔女”って?」
「連盟が勝手につけた私のコードネームだ。昼間やつらが君をそう呼んだのは、私が出した幻影か何かと勘違いしたんだろう。何せ私は魔女だと思われているし、君も銀髪だ」
「思われている――じゃなくて、実際魔女じゃないの? あんたの魔法は通常の精霊魔法の定義も使わず、禁呪でもない。明らかに普通じゃないよ?」
 リゼルとサーラの問答にユリスが口を挟むと、サーラはうざったそうな表情をそのまま表面に出して、長い銀髪を後ろに流した。
「私から言わせれば、禁呪を使って人を襲う方がよほど普通じゃない」
「あれ、あんたも正義の味方サマなわけ? ていうか、正義の味方くんと知り合いだったんだ」
「知ってはいるから知り合いだろうが、一緒にするな。不本意だ。私は正義なんて胡散臭い言葉は信用しない。そして、それと同じくらいお前が気に入らない。それだけだ」
 他愛ない会話のやり取りの終幕を告げるように、サーラが片手を突き出す。静かに彼女に力が集うのが見え、ユリスは身構えると目を細めた。
「あっそ。でもボクが用があるのはあんたじゃないんだ。正義の味方くんの方」
 呼ばれ、不穏な空気にリゼルが息をのんだのと時を同じくして、派手な音と共に窓硝子が破られる。リゼルとサーラがそちらに視線を向け――、そしてサーラが動きを止めたのは、そのとき現れた人物にでも、起きた事象にでもない。すぐ真横で膨れ上がる、かつて感じたことがないほど冷たく突き刺さるような殺気にだった。
「リゼル――」
 サーラの引き攣った声を消すように、ユリスのたのしげな笑い声が響く。それを受けて、窓を破って現れた人物もまた、ふわりと宙に浮きながら妖艶な笑みを模った。その腕の中で、寝間着姿のティラがぐったりとしている。
「こんばんは、銀紫の魔女。それから、初めまして正義の味方さん。で、魔女さん。いつもと用件は同じなんだけど、一緒に来て欲しいのよ。正義の味方さんも、彼女を説得してくれないかしら。あたしたちと一緒に来るように」
 髪と目の色を除けば、彼女はユリスとよく似た面差しをしていた。歳もまたユリスと同じくらいであろう、まだほんの少女だ。同じ型で色違いの白いローブから、濡れたような黒髪が零れている。ローブの下から覗く瞳もまた、黒かった。
「魔女さんを捕まえて差し出してくれるなら、妹さんは返してあげる。嫌なら、このままあなたの妹さんを連れていくわ。選ばせてあげる、どっちがいい?」
 にこにことそう告げる少女を、サーラは汚いものでも見るような目で睨みつけた。
「馬鹿なことを――」
「――ふざけるな」
 サーラの声は、またも途中で掻き消された。ここにきて、ようやくユリスも少女も笑みを消した。
「ティラに何かしようとしてみろ。その瞬間殺してやる」
 リゼルの冷たい殺気に触れ、それでも少女が何かを言おうと唇を開きかけた瞬間、ひゅ、と小さく風が巻き起こった。何が起きたのか少女が理解する前に、黒髪が数本宙を舞っていた。
「言っただろ。口でも手でも少しでも動けば、次は殺す」
「マリス!」
「ユリス、お前も、次に動いたらこの子を殺すよ。いいの?」
 冷たい殺気を放ったまま、リゼルの刀の先が動き、ユリスがマリスと呼んだ少女の喉元にピタリと当たる。
「ティラを置いて、とっとと消えろ」
「……できるの? 正義の味方さん」
 ぴくりとも表情を動かさないままのリゼルに、冷や汗を流しながらもマリスは唇を動かした。僅かに刀が喉元に食い込んだが、それ以上は動かない。その事実に、勝ち誇ったようにマリスの顔に笑みが戻った。
「できないわよね、正義の味方さんには。こんな小さな女の子を殺すなんて」
 だが、次の瞬間、マリスの笑顔は歪んだ。爆発するようなリゼルの殺気に、瞬間死を覚悟する。サーラが反応できないようなコンマ数秒の歪みにマリスの悲鳴が吸いこまれ、ユリスが走り、そしてリゼルの刀に力が篭る。どれが一番、何かを成すのが早かったといえば――
「やめて、兄さん」
 マリスの喉を串刺しにしかけたリゼルの刀が、その一言で動きを止める。つ、とマリスの喉から赤い筋が伝うが、だがそれだけだった。断末魔を飲み込んだマリスの腕の中で、気を取り戻したティラが、殺気にも見たこともない兄の表情にも怯むことなく、きっとリゼルを睨みつける。
「そんなこと、しないで」
「ティラ――」
 その瞬間、嘘のようにリゼルから殺気が消えた。だが、場はまだおさまらない。

『高き天に住まいし太陽の王よ。我が魂を供物に、その力を我が前に示せ!』

 悲鳴にも近いユリスの声に応じて、兄妹の間を光が裂く。それと同時にユリスが走るが、光は一瞬で消えた。

『我が御名において命ず!』

 サーラの声が光を掻き消し、そしてマリスが小さく悲鳴を上げる。腕にまきつく炎から逃れるようにマリスがティラを離し、その体をリゼルが受け止める。
「退こう、マリス!」
「でも――」
 悔しげなマリスの声には応じず、ユリスは無理やりマリスの腕を掴むと何事か呪文を呟いた。その直後、二人の姿は闇夜へと消えていた。
 安堵の息を落としてサーラがそれを見届け、それから兄妹の方を振り返る。
「怪我はないか、ティエラ――」
 だが、三度サーラの声は消えた。三度目、それを成したのは、ぱしんというなんとも軽い音だった。頬をおさえて目を見開くリゼルを振り返りもせず、部屋を飛び出したティラが扉を力任せに閉める音が、虚しく部屋の中に響き渡った。



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