男の子には、だれにも言えないひみつがありました。
普段は、ふつうの家でふつうに暮らす、ふつうの男の子。。
しかして彼のもうひとつの顔は、
弱者を助け、悪をくじく正義の味方だったのです。
――なんて。
物語というのは、昔から展開が決まっている。
所謂王道とでも言うのだろうか。
とても解りやすく、ありきたりなストーリー。
そう思うのは、子ども向けの絵本がわかりやすく書かれていて、それを読んで育つからなのだろうか。
幼い頃から繰り返し語られるお約束の英雄譚は、大人にも好まれる。
それはそれで良いのだけれど。
「俺、正義の味方になろうかな」
兄の一言に、少女は目を点にした。
大人と呼ぶにはまだ幼い。それは認めるけれど。
幼児向けの絵本を未だ自分に読み聞かせているのは、実は本人のお気に入りだからだなんて。
さすがに妹も、今日まで気付かなかったわけである。
■ □ ■ □ ■
「そしてまさか本気だったなんてね……」
両手でカップを持って温かいスープを啜りながら、少女は嘆きを口にした。
歳の頃、二桁に差し掛かるか否か。
普通ならまだ親元で母の作ったご飯を食べている頃合だが、少女は冒険者のごった返す夕方の大衆食堂にいた。肩で揃えたブロンドと、それを留める大きな赤いリボン、そして同じ色の赤いワンピースの上から若草色のマントを羽織っている。明らかに少女は場から浮いているのだが、彼女自身にはそれを気にする様子はまるでなかった。彼女は知っていたからである。
どれだけ自分が浮いていたって、人の目は集まらないであろうことを。
何故なら、自分以上に隣の兄が浮いているからだ。何処に行ったって、彼が全ての視線を攫ってしまう。
きらめく長いプラチナブロンド、宝石さながらの蒼い瞳、白磁の肌と絶世の美貌。
それだけで目立って仕方ないのに、髪をひとつに束ねるリボンも羽織るジャケットも何故かピンク。だから余計に誤解されるのだ。
隣に集中する視線の中からひとつ、こちらに近づいてくるものを感じて少女はカップを置いた。
食事は旨いが頭は痛い。
兄について、これまで挙げた事項についてはまだいいのだ。目立つのも慣れた。兄の少女趣味にも慣れた。
妹を一番困らせているのは――
「いよぉ、綺麗な姉ちゃん。これから俺と遊ばない?」
麦酒のジョッキを片手に、冒険者風の男が声をかけてくる――兄に。それもまたいつものことで。
ごん、と派手な音を立てて兄がジョッキ(中身ジュース)をテーブルに置き、椅子を蹴って立ち上がり。
「俺の妹に手を出すなぁぁぁ!!!!!!」
まるで見当違いのことでブチ切れて暴れだすのもいつものことなのだが。
「こればっかりは慣れないわ……」
騒がしくなった背後を他所に、少女はもう一度カップを両手で持つと、冷めたスープを一気に干した。
「だからね、リゼル兄さん。みんなは私じゃなくて、兄さんに声を掛けてるのよ。いい加減に解って」
「何言ってるんだティラ。俺は男だぞ」
「それを知ってるのは多分私だけよ。男だって主張したいなら、せめて女装はやめるべきと思う」
「ダメだ! せめて俺が女装してティラに近づく男を少しでも減らさないと!!」
「大丈夫。兄さんが男装したって兄さんの方がきれいよ」
「わかってなーーーーーーいっ!!」
ばんっと兄がテーブルを叩き、派手な音と共に立ち上がる。その一瞬前に耳を塞いでいた両手を下ろし、妹は嘆息した。
「ティラは自分の魅力をわかってない! 小さいうちからこんなに可憐で清楚で可愛くて、お兄ちゃんは心配で心配で夜も眠れないんだぞおおおおお!!」
まだ何か叫んでいる兄を置いて洗面所に向かい、歯ブラシを口に含む。
「ああっ、歯磨きするなら一緒にしようよー!」
平和な時間は一呼吸も続かず、嵐はすぐに背後に帰ってくる。
小さな宿の一部屋だ、非難できる場所などないからそれは仕方ない。この兄から目を離すのも怖いから、二部屋取るわけにもいかない。
がらがらと口をゆすいで吐き、ティラはとっととベッドへ向かった。だがそれを見た兄が慌てて口に水を含むのに気付き、ぐるりと回れ右をすると、びしっと人差し指を兄に突きつける。
「歯磨きは三分間!!」
鋭い妹の叫びに、兄は再び歯ブラシを口に突っ込むのだった。