捜査報告書
「拳銃使用状況報告」
平成××年 ×月×日 ××県××市××町において、本職が拳銃を使用した状況は下記の通りであるので報告する。……
体を動かすのは苦手だが、それ以上に文章を書くのはもっと苦手だ。
半日掛かりで報告書を書き上げると、真夏はそれを手に矢代のデスクへ向かった。
「ご面倒をかけて申し訳ありません」
矢代が報告書に目を通し終わった頃を見計らい、真夏は謝罪を述べた。
真夏が発砲した弾は襲撃犯の肩に当たり、犯人グループは全員到着した警官達に確保された。日野警視は腹部に被弾、救急車により搬送されて入院を余儀なくされたが命に別条はなく、結果真夏の活躍により昨夜の事件は事なきを得ている。
「ん? いいんじゃない。監察から質問はあるかもしれんが、まあ適正使用でしょ」
報告書を置いて、矢代が冷めたコーヒーをあおる。
置かれたカップが空なのを見て、真夏は黙ってそれを手に取った。コーヒーメーカーに向かう真夏の背に、矢代が声を掛ける。
「ところでな、疲れているところ悪いんだが、野暮用を頼まれてくれんか」
「あ、はい。なんでしょうか」
コーヒーを淹れながら、真夏が矢代を振り返る。矢代はひとつ伸びをしてから、傍らにおいてあったビデオのテープを持ちあげた。
「ビデオの還付に行くと行って、テープを持たずに出て行ったっきり帰ってこない馬鹿がいるんだが」
「は、はぁ」
「そいつ捕まえて、一緒に返還してきて」
淹れたてのコーヒーを渡し、代わりにテープを受け取る。高校教師の脅迫事件で使用したビデオテープだ。数日間、一日中モニターを睨んでいたのを思い出すだけで目がしょぼしょぼする。
しかし、「出て行ったっきり帰ってこない馬鹿」の察しはつくが、どこに行けば捕まるのか当てがなくて真夏は眉を寄せた。それに、テープを還付しに行くと言ったのにテープを忘れ、しかも戻ってこないと言うのは問題ではないのだろうか。それにしては矢代があまり気にしていないようなのも、気になる。
「多分、病院だ」
「……あ」
見透かしたようにぼそりと矢代が声を上げる、述べられたのはその一言だけで、後はコーヒーを啜るばかりだが、それで真夏も見当がついた。
昨夜の事件は、事の大きさもあって既に署の手を離れ、本部の者が調書を作成している。
襲撃犯は暴力団グループの下っ端で、警視を襲った動機は、先日警視が解決した立て籠り事件で仲間が掴まったことへの逆恨みということが分かっている。つい最近暴力団排除条例が強化されたのもあって、鬱積していた警察への恨みが爆発したのも原因の一端だったようだ。
こんな話を聞くと、明日は我が身かと、真夏はハンドルを握る手に汗をかく。警察官だと言えば聞こえは華々しいが、どちらかといえば暗い感情を抱く者の方が多いのだろう。
職務上恨みを買いやすいのは常々肝に銘じている。それだけ、人の一生を左右してしまう仕事なのだ。しかし、誰かがやらねばならない仕事だ。実際に身を置いてみれば華々しいことなど一つもなく、真夏が職業を公務員だとしか言わないのは、それによるところも大きい。家族にもあまり言わないようにと念を押している。警察の家族というだけで狙われることもあるからだ。
真夏のような下っ端でさえそうであるから、警視ともなると尚のことだろう。キャリアで若くして警視でも、こんな一面を見てみると、やはり真夏は羨望や憧れは抱けなかった。
そんなことをつらつら考えながら、真夏は春紀が入院している病院の駐車場に車を止めた。朝出ていったきり、真夏が報告書を書き終えても戻ってこない日野が向かう病院と言えば、ここしかない。そんな彼を連れ戻せと、昨夜から帰れていないのに厄介事を押し付けられたわけだが、真夏の機嫌は悪くなかった。
仕事をほっぽり出してまで病院に駆けつけるということは、やはり日野も弟が大事なのだろう。日頃の兄弟の険悪さを知るだけに、春紀には気の毒だが、そんな日野の本音が垣間見れて良かったと真夏は思っていた。
「――ふざけんな!」
春紀の病室の手前で、その怒声を聞くまでは。
慌てて病室の扉を開けると、ベッドに横たわった春紀の胸倉を、日野が掴み上げている。
「な、何してるんですか先輩!?」
とっさに間に入って、日野を諌める。真夏が出て来たことにより少しは頭が冷えたのか、日野は手を離したものの、険悪な空気は消えなかった。真夏がおろおろしている間に、日野は舌打ちして病室を出ていってしまう。
彼を連れ戻しに来た身としては追い掛けるべきではあったが、あの様子では素直に仕事に戻るとは思えない。困り果てて春紀の方を見ると、彼はため息をつきながら乱れた患者着を直した。
「すみません。どうせあの人のことだから、仕事中に来ていたんでしょう」
「いや……まあ……」
これ以上兄弟の空気を悪くしないためにも庇いたかったが、真夏は嘘をつくのが苦手だ。どちらにしろ、春紀は確信しているようだった。
「喧嘩したんですか?」
「別に、いつもの通りですよ。それよりも――あなたは見かけに寄らず無茶をしますね」
「す、すみません」
春紀はみなまで述べなかったが、それが発砲したことを差しているということはすぐ察しがついた。思い返せばあの瞬間、傷を負いながらも春紀は咄嗟に止めていた気がする。
「暴力団などが所有している銃は粗悪品です。警察の銃とは違うのですよ。万一他の人に当たったらどうするんですか」
「はい……」
「あなたの拳銃の腕が優れているのは聞き及んでいますが、慢心していると怪我のもとです」
「はい」
春紀を心配して残ったものの、小言を食らう羽目になってしまった。しかし春紀の言うことは正しかったので粛々と小言を受けていると、ふと春紀は窓の方へと視線を移した。
「……しかしながら、警察職務法第七条により、警察官には武器の使用が認められています。あなたの拳銃の使用が適正だったことはこの僕がよく知っています」
「……?」
「ありがとうございます。お蔭で死なずに済みました」
咄嗟に何を言われたのかわからず真夏はきょとんとしたが、春紀がこちらに向かって頭を下げたので、恐縮して慌てて頭を下げた。それから、日野は散々春紀を性格が悪いとこき下ろしているが、それは春紀が多少素直じゃないだけなのだとわかり、頭を下げたまま床に向かって微笑んだ。