第四幕 エピローグ
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 昼下がり、ランドエバーの騎士宿舎。いつもどおり騎士は出払っており、誰もいないその場所で、セラは頬づえをついて暇を持て余し――
 てはいなかった。
 うず高く両脇に積み上げられた本の山。それに埋まるようにして、セラは必死でペンを動かしている。
 それを、少し離れた位置でライゼスとティルが、何ともいえない表情で見守っていた。
「……あなたの兄上も、とんでもないことを言ってくれたものです」
「それについては俺も悪いとは思ってるけど……まあいいんじゃない。何かやる気になってるみたいだし」
 ぼそぼそと、二人は会話を交わしていた。セラに聞こえないよう小声でだったが、どのみち彼女には聞こえていないだろう。
「本を開いたら即寝するセラちゃんがここまでやってるんだからさあ……」
「そのうち天変地異が起きないか僕は心配ですよ。帰国してからずっと雨続きだし」
「この地方で雨が続くのは珍しいことじゃないだろ? ボーヤらしからぬことを言うねえ」
 背後で失礼な会話が交わされていることなど知らず、セラは目の前の書に没頭していた。セラがいきおい勉強に没頭し始めた理由は、レイオスの無責任な発言にあった。

「だったら王妃におさまろうと思わず、貴女が王になったら良いではないか。それで両方囲ってしまい給え」

 そんなことをレイオスがのたまい、ひとしきりヒューバートと爆笑していたのである。
 ライゼスとティルは半眼で彼らを睨んだものだが、始末の悪いことに当のセラがそれを真に受けてしまったのだった。
「まあ、兄上の言うことも一理あるような気はするんだけどね。セラちゃんにはカリスマがあるし」
「でも、今から一国を統べる決意をした者が算数やってるんですよ。しかも小等部がやるような」
 ライゼスの突っ込みにティルは乾いた笑い声を上げた。やがてそれが止むと、雨の音とペンが走る音だけになる。欠伸を噛み殺しながら、ティルはぼんやりとセラの横に積み上げられた本を見た。
「じゃーまあ……俺も勉強しとこうかな。いざというときのために?」
 そんなことを言いながらそのひとつに手を伸ばすと、それより先に伸びた手が今しがたつかもうとしていた本を掴む。
「……お前……」
 ティルが睨むのを無視して、ライゼスは本を開くとそこに目を落とした。嘆息して、ティルは別の本を手に取った。
「まあ、いーや。ゆっくり決着つけるとしますか」
 苦笑混じりのティルの声を聞くともなしに聞きながら、ライゼスは文字を追った。しかし文字よりも図が多く、読む所はほとんどない。
 ライゼスのため息を飲み込んで、ランドエバーの午後は呑気に過ぎてゆくのだった。


キシヒメ 完


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