第5章 太陽の騎士姫6
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 案内された扉を押しあけると、最初にレイオスの姿が見える。その対面に座る人物を見て、ライゼスは悲鳴に似た叫びを上げた。
「父上!?」
「コラ、隊長と呼びなさい愚息。わざわざ迎えにきてやったのに嫌そうな顔するなよ〜」
 公私混同を注意しておきながら、自分はそれを守ろうともしない。父の砕けた口調に、ライゼスは忘れかけていた胃痛が一度にぶり返した――頭痛のおまけつきで。
「何故わざわざ隊長が? 迎えなど誰でも良かったでしょう」
 胃痛と戦うライゼスに変わり、セラが素朴な疑問をぶつける。するとライゼスの父――ランドエバー聖近衛騎士団総隊長ヒューバートは、ソファー越しに顔を寄せてきた。
「サボりたかったの」
 ぼそっと一言そう囁いた彼に、ふう、とセラが息を吐く。聞かずとも解るような理由だった。
 ノルザの一件があってから、国王も王の腹心も、不眠不休の日々と聞く。ヒューバートは、セラを迎えに行くという大義名分のもと、混乱する王城をほうほうの体で逃げ出してきたに相違なかった。セラもライゼスも呆れ返ったが、そもそも自分たちが元凶なので何も言えないのが現状だ。そんな均衡に、レイオスが一石を投じる。
「まあ、座り給え。話したいこともある。――ティルフィア、お前も」
 彼らのやりとりに苦笑しながら、レイオスは一同に椅子を勧めた。全員が着席したところで、レイオスはもう一度息を吸った。
「いろいろややこしい事態にはなったが穏便にことが済んでよかった。ルートガルドは近年怪しい動きをしていて、私も気になっていたんだ。感謝する、セリエラ王女」
「いえ、私は迷惑をかけただけで――」
「話を聞く限り、一番迷惑をかけたのはティルフィアのようだがな」
 レイオスがつい、と視線を動かし、ティルがびくっとして目を逸らす。そんな様子が意外で、思わずセラは笑い声を漏らしそうになった。ティルに怖いものがあると思うと何かおかしかっただけなのだが、ティルが申し訳なさそうに頭を垂れるのに気付くとセラは慌てて頭を振った。
「ティルのせいじゃない。もともと私が迂闊なのがいけないんだ」
「その通りです。リルドシアには色々ご協力頂き感謝しております」
 間髪入れずにヒューバートがセラの言葉を継ぎ、自分と一緒にセラの頭を下げさせる。そのぞんざいな扱いにライゼスは父を睨んだが、勿論のこと意に介する様子はない。血管が切れそうに収縮するが、この場で親子喧嘩を始める訳にも行かないから、胃痛に耐えるしか道はない。そんな彼の戦いなど知る由もなく、レイオスは楽しそうに口を開いた。
「いや。私もそちらの姫には一目置いていのだよ。ティルフィアが執心するのもよく解る」
「兄上!」
 余計なことを言われてティルは咄嗟にレイオスの言葉を遮った。だが一瞥をくれられただけで済んでしまう。もとより取り合うような兄ではない。
「……それでだ、王女。先日は少し試すような言い方をしてしまって済まなかったな。本音を言えば、このリルドシアの王子は数だけはいるが、使える者というのがいない。数人減ってしまったし、すぐ放浪する者や変わり者ばかりだ。ラディアスは腕ばかりで頭が宜しくない。私の右腕として、私はティルフィアが欲しかったんだよ。何しろ17年も私を欺いた狸だ」
 ティルが驚いたような視線をレイオスに向けた。そちらに意味ありげな視線で応えながら、レイオスは先を続ける。
「だがティルフィアは帰りたくないというし、セリエラ王女も返さないという。で、結局どうするつもりなんだ、ティルフィア」
 ティルが驚いたままの目を、今度はセラに向けた。だが一同の視線を感じて、つい癖で髪をいじろうとした手が宙を掻いた。いじれるほどの長さがもうないのを思い出して、すっきりしたような寂しいような気分になる。今の胸の内もそれに近かった。
「……ランドエバーにもリルドシアにも迷惑はかけたくありません。私の処遇は兄上とセリエラ王女にお任せします」
 困った末にそう述べると、セラの目がすっと細まる。
「ティルはどうしたいんだ?」
 なんとも答えに困る問いかけをしてくるものである。
 ティルにしてみれば、国の問題などはどうでもいいことであった。迷惑をかけぬよう上手くやることに自信はある。だから本音を言えばセラの傍にいたい。だがセラとライゼスを見ているのは辛い。本当はそんな自分勝手な思いで悩んでいるなど言える筈もない。
「ティルがしたいことがあるなら、私はそうしたらいいと思う。迷惑などとは思わない。でも処遇を任せるというなら、私は……ランドエバーに居て欲しい」
「……」
 余計迷うことを言う。ティルは内心泣きたくなった。だがお構いなしにレイオスが話を進める。
「なら、リルドシア王家の遠縁としてこちらでティルフィアの戸籍を作り直そう。そうすれば身元もはっきりするし迷惑もかからないだろう」
「いや、兄上……」
「待てよ。いっそ第十王子にしてしまうか。父上には妾が大勢いるし一人くらい増えてもどうということはないだろう。ついでに婿にどうだねセリエラ王女。国交の架け橋としても、悪い縁談ではない筈だ」
 端正な顔立ちと裏腹に豪快にレイオスがそんなことを言って笑い、ティルが凍りつく。だがヒューバートは便乗して笑った。
「ああ、そりゃ面白い。どうです姫」
 愉しげに笑う大人二人に置いて行かれながら、ライゼスがなんとも言えない顔を、リュナが興奮を抑えきれない表情をする。セラはと言われれば当然だが困惑していて、ティルは思わずその腕を引いた。
「いいよ、俺リルドシアに残るから。こないだのことは忘れて。……セラちゃんは、ボーヤが好きなんだろ?」
「う、うん……あ、いや……うーん」
 囁きかけると、セラは何とも歯切れの悪い返事をした。そして、ライゼスとティルを見比べる。そんなことをするものだから、ライゼスとティルは思わず緊張して身を竦めた。リュナだけがわくわくとそれを見ていたのだが。
「その、私は……ラスもティルも好きだし、どっちとも一緒にいたいんだけど……」
 セラが戸惑いがちな言葉を零すと同時に、レイオスとヒューバートも間がいいのか悪いのか、笑うのをやめていた。
 お姉様大胆、とリュナがぼそりと呟き、セラはますます困って、ライゼスとティルは犬猿の仲も忘れて思わず顔を見合わせてしまった。ヒューバートがフタマタ、と失礼な呟きを漏らし、最後にレイオスが愉快そうに、ふむ、と頷く。
「成程。だったら――」



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