太陽の騎士姫 1



曖昧だった感覚が体に戻り、両目を開くと視界が移ろう前の景色になっている。それを確認してから、ライゼスはリュナを振り返った。
「……今のは?」
 問いの答えはすぐには返ってこなかったが、ライゼスもそれを急かすよりは別のことに気を取られていた。リュナは眼帯を外していた。小柄な彼女とは不釣り合いな大きくて黒い眼帯が今は無く、そこには深い碧色の瞳が神秘的な光を湛えて輝いている。
「クラストさんが、お姉様に強力な精神支配をかけてました。あたしの力で、それに干渉したんです。お姉様の悲鳴が聞こえたから……」
 元通りに眼帯を着け直してから、リュナは答えてきた。そして、傍らに見えるルートガルド城を睨みながら仰ぐ。ライゼスは――セラもティルもだが、リュナの右目について何か尋ねたことはない。だが状況と彼女の言葉で、その右目こそがリュナが厭っている力の源だとライゼスは察した。だから、もう一度問う。
「良かったんですか?」
 短い問いを、だがリュナはちゃんと理解したようだった。にこりと笑って、ルートガルド城からこちらへ視線を移す。
「……あたしはこの右目で、今まであまり良いものを見たことがないんです。この世界も人も好きだけど、見たくないものばかり見えてしまうから。嫉妬や羨望や憎悪……汚いものばかり視てしまうから、眼帯を外すのは、ほんとは嫌なんです。……でも」
 リュナはライゼスに手を伸ばした。その指先はまだ何にも触れていないが、まるでそこに何かがあるようにリュナの手が宙を撫でる。
「お姉様の心は、離れててもライゼスさんの傍にいつもいるんですねぇ。とても真っ直ぐで眩しくて、あったかい気持ちが、この世界にはちゃんとある。この右目が映すのは、嫌なことばかりじゃないって解ったから……だから、良いんです」
「リュナ……」
「行きましょう。お姉様を助けないと」
 ふいに笑顔を消して、強い調子でリュナが言う。ライゼスもまたそれに深く頷いた。
 しかし、気持ちははやるがセラを奪還する良い手段は未だ浮かばないままだ。まずルートガルド城の中の状況が解らない。正面切って訪れ、セラを出せと言ってルートガルド王家が取り合ってくれる保証はない。だからといって忍び込むのもリスクが高い。何より、クラストがそう易々と裏をかかれてくれるとは思えない。とはいえ、リュナはクラストがセラに強力な精神支配を試みていると言った。彼もそろそろ動きだす。
(焦るな――考えろ)
 焦燥に震える手を握り締め、冷静になるよう努める。考えることに集中して――だがその思考はたやすく割られる。真っ直ぐにこちらに突き進んでくる――殺気に。
「……リュナ! 離れて!!」
 咄嗟にライゼスは叫んだ。だが唐突すぎてリュナには反応できないだろう。反射的にリュナを突き飛ばし、その反動で自分は反対側に倒れる。その間を白刃が行き過ぎる。ライゼスは受け身をとってすぐ起き上がり身構えるが、リュナはそのまま尻もちをつく。それを予期して少しだけライゼスは焦ったが、その殺気は迷わずこちらに向かってきた。ひとまずはリュナの心配をする必要はないだろう。目の前のことに集中して、その刀の軌跡だけを追う。
「ティルちゃん!?」
 その襲撃と襲撃者をようやくリュナが理解したのだろう。彼女の叫びを意識の外で聞きながら、ライゼスはその鋭利な太刀筋を見極めようとした。だがそれを避けることで精一杯である。とても印を切ったり呪文を詠唱する時間はない。
(――剣があれば)
 咄嗟に辺りを探るが、そう都合よく剣が落ちているわけもない。何より――

 剣は、もう持たないで――

 懇願するセラの声がそれを止める。
「――、くそ!」
 剣を探すのは諦め、ライゼスはその他の方法でこの場を切り抜ける模索を始めた。