禁忌の姫 2



「やっと落ち着いて食事ができそうだな……」
 テーブルにぐったりと頭を預けながら零すセラに、ライゼスとリュナは顔を見合わせて苦笑した。クラストがようやく目的地を述べたその後、一行はライゼスが述べた道程の通りにレアノルトから船に乗り、リルドシアで下船していた。だが当のクラストは下船すると同時に「用があるから」と向こうから別行動を申し出たのである。
「三日後にこの場所で待ち合わせよう。その間、くれぐれも変な気は起こさないようにね。ボクの忠告に逆らったらどうなるかは、もう解ってるよねセリエラ?」
 にこ、といつもの笑顔でクラストはそう言い残していた。どこまでも曇りのない笑顔で脅迫まがいのことを言うものだとセラは渋面になったが、少しでもクラストと離れられるのなら色んな意味で有難いことだった。とにかく腹ごしらえをするために手近な食堂に入る。セラにとっては久々の、肩の凝らない食事である。
「クラストの肩を持つ気はありませんが、いいかげんフォーマルな食事にも慣れるべきですよセラ。わざとやっているにしても、行儀が悪すぎです。貴方も一応女性なんですから……」
「……小言はこの一件が片付いてからいくらでも聞いてやるから、今は放っておいてくれ」
 くどくどと続くライゼスの小言を、起き上がりもせずにセラが遮る。ライゼスは大きなため息を吐いたが、セラの気持ちも解るのでそれ以上は口を噤んだ。もともと小言を言うつもりはなかったのだが、セラと話しているとどうにも説教臭くなってしまうようだ。
「でも、何か策を立てるならクラストがいない今ですね」
 こほんと咳払いをして仕切り直すと、ライゼスは机の上に手を組んで呟いた。セラもまたその言葉に、頭を上げることはしないものの真剣な目をして宙を睨んだ。だが策といってもどうするというのだろう。
 クラストの力は圧倒的すぎる。人間離れしているとさえ思う。腰の剣に触れようとして、セラは途中でそれをやめた。今の自分ではクラストには勝てない。それはもうどうしようもない事実だった。その彼の裏をかくことなどできるのだろうか。そして、仮にそれができたとして、その後周囲の人を守ることができるのだろうか。そう思うとセラには何もする気になれなかった。自分が彼の意に沿わなければ、見せしめに何をされるかわからない。
 考え込んで何も言わないままのライゼスを横目で見ながら、セラは重い息をついた。二人がそんな調子なので、必然的に場に重苦しい空気が流れる。そんな様子におろおろしていたのがリュナだが、やがて意を決したようにリュナは顔を上げた。
「それにしても……リュナはこの大陸初めて来たんですが、活気があって良い国ですね!」
 食堂から外の往来を眺めながら、リュナが華やいだ声を上げる。その声に、セラもライゼスも外を見た。彼女の言う通り、道行く者たちは誰も笑顔に溢れていて幸せそうだ。
「でも少し残念です。せっかくリルドシアに来たなら噂のお姫様を一目でも見たかったのに、死んじゃったんですよね」
 だがリュナの肩がしゅんとして落ちるのを見て、彼女の笑顔に嫌な気分を忘れかけていたセラとライゼスは一転複雑な表情になった。もう散々見ているということなどリュナは思ってもないだろう。
「あなたたち、旅人? 他の大陸の人よね」
 だが急に声をかけられ、三人はそれぞれの思惑を中断して顔をあげた。ウエイトレスがトレイを持って、こちらを覗きこんでいる。彼女は注文を取りにきたようだったが、何か言いたげな視線にリュナは返事を返した。
「ええ、そうだけど何か?」
「何って言うわけじゃないけど、最近珍しいから。それと、今姫様の話をしてたわよね?」
 問い返したリュナに、ウエイトレスの女がそんなことを言う。
「え? うん。一回見てみたかったなあって」
「それはもうお美しい方でしたよ。それこそ姫様が生きてらっしゃったころは、色んな国から姫様を一目見たいって方が沢山来てたわ。……でもここだけの話」
 ウエイトレスは身をかがめると口元に手をあてた。
「王様は姫様を溺愛するあまりおかしくなってしまって、この国も危なかったのよ。だからこの国の人はみんな姫様を良く思っていないの。だからね、あまり姫様のことは話題にしないでね。みんな嫌なことを思い出すから」
「……そうなんですか? そのお姫様って悪い人だったんですか?」
「さあ。でも信じられないくらい綺麗だったし、もしかしたら王を惑わす魔女だったんじゃないかなんて、みんな噂してるけど。観光客が増えるのは有難かったけど、国があってのものだし……不謹慎だけどね、姫様がお亡くなりになって本当は皆ほっとしてるのよ」
「――注文」
 すっかり話に興じ始めたウエイトレスの言葉を、穏やかな声が割った。彼女とリュナがそちらを見ると、ライゼスが困ったように笑いながらこちらを見返してきている。
「いいですか? お話中申し訳ないんですけど、セラが空腹で我慢できないようです」
「あ……ああ」
 急に呼ばれてセラは少しどもったが、目を伏せた。ライゼスの意図が解って心の中で彼に感謝する。
「……頼む」
 目を伏せ力無く呟いたセラに、リュナが慌てる。
「ああっ、ごめんなさいお姉様。じゃあ注文注文……あ、リュナはとりあえずパンケーキ五人前、シロップひたひたで。あとクリームソーダとチョコバナナクレープ。お姉様とライゼスさんは何にします?」
 まくしたてるリュナにウエイトレスが固まる。リュナが無類の甘党だということを思い出しセラとライゼスも顔を見合わせて苦笑した。最初に彼女が甘いものを片っ端から注文し、片っ端から平らげたときは目の前の光景が信じられなかったものだ。
 注文を受けてウエイトレスが立ち去ると、またリュナはぼんやりと往来を眺めた。
「でも……誰かが亡くなって幸せになるって、なんだか哀しいですね」
 ふとリュナが呟き、セラは拳を固めた。

 ――俺はいてはいけないんだ。どこにも――

 泣きそうなその声が脳裏によみがえったのと、リュナの視線を追った先で銀の輝きをセラが見つけたのと。それはほぼ同じくらいだった。突然勢いよくセラが立ちあがる。その勢いに、彼女が座っていた椅子がひっくりかえってガタンと荒々しい音を立てた。