リュナの依頼 5



「お姉様達のおかげで、依頼が早く終わりました! 本当にありがとうございます!」
 サラダをつついては忙しく口に運びながら、リュナが上機嫌で礼を述べる。アジトに居た野盗どもを一掃し、ギルドに経過を報告して夕飯をとっているところだった。
「ええ、無事に早く片付いて何よりですよ」
 その向かいで同様に夕食を食べながら、ライゼスも安堵の息を吐く。それというのも、毎度大したこともない任務がこじれて大事へと発展するので気が気ではなかったのだ。リルドシアの姫をランドエバーまで護衛するだけの筈だった最初の任務は、この姫がとんでもないわリルドシアの内乱には巻き込まれるわで散々な目に遭うし、噂の調査をするだけの筈だった次の任務も、騎士の裏切りに遭うわティルは攫われるわ深手は負うわで散々だった。だから、ただリュナの仕事を手伝うだけの今回の旅も何か変なことに巻き込まれるのではと、ライゼスは城を出るときから危惧していた。なのでこれでランドエバーに帰れると思うと心も安らかになるというものだ。だが――
「そーそー。毎回なにかと事がややこしくなるもんな」
 隣でそんな気楽な声が上がると、安らかだった筈のライゼスの心は波立った。
「誰の所為だと思ってるんですか」
 思わず突っ込まずにはいられない。そのとんでもなかった姫や攫われて事態をややこしくした張本人は、こちらの嫌味を無視して、ジョッキの中の液体を一気に干した。それを見て、ライゼスがさらに眉間の皺を深くする。
「って、それ酒じゃないですか」
「そーだけど」
「何考えてるんですか? 貴方未成年でしょう」
「酒と女は男の嗜みだぜ。ま、ボーヤにはまだ解んねーか」
「貴方の考えなんて一生理解できません。ランドエバーでは十八才未満の飲酒は王国によって禁止されています。軽率な行動は控えて貰えますか? 問題を起こされると迷惑です」
 畳み掛けるように言われ、ティルは煩そうに頬にかかる銀髪を弄った。ライゼスなどどうでもいいが、セラに迷惑をかけるのはティルとしても本意でない。
「……故郷では十五歳から認められてるんだ。成人の儀も終えてたから、つい」
「ティルちゃんて、やっぱりこの大陸の人じゃないんですね。スティンも十八歳からですもん。珍しい髪色ですし、そうかなとは思ってましたけど」
 気まずそうにティルが声を上げると、リュナが口を挟んできた。好奇の目で見られ、ティルが目を逸らす。セラ以上に、素性を他人に知られては困る立場である。何しろ表向きは死んだことになっているのだ。こちらを睨んでくるライゼスは、睨むだけで皆までは言わないが、おそらくは軽率な発言を注意したいのだろう。解っているとばかりに睨み返しながら、ティルは話を変えようと、口を開いた。その瞬間、ふとあることを思い出す。
「あぁ、俺、十八歳だった」
「は?」
 唐突なティルの言葉に、ライゼスは疑わしそうな目を向けた。
「今さら見え見えの嘘つかないで下さいよ」
「いやいや、嘘ならもっと上手く言うよ。まあ、先週なったばっかだけどね」
「そんなこと一言も言ってなかったじゃないですか。知ってましたか、セラ?」
 ティルのことであるから、誕生日というのが本当なら、それをネタにセラにまとわりついていてもおかしくない。そう思ってセラに振ると、セラは大袈裟なほどびくりと肩を跳ねさせた。その反応に逆にライゼスが驚いてのけぞる。
「ど、どうしたんですか」
「いや、急に呼ぶから驚いただけだ」
 今のやり取りで落としたフォークを拾いながら、セラが答える。そんなに急だったかとライゼスは首を捻るが、思い返してみれば、セラは会話の間一言も声を上げていなかった。だからといって以前のように不機嫌だとか、そういう様子もない。恐らくはぼんやりしていただけだろうが、その考えを肯定するようにセラがまた声を上げる。
「少し考え事をしていて……済まない、何の話だ?」
 聞いてなかったのだから仕方ないが、明らかに拗ねた顔をしたティルに、リュナが慌ててフォローする。
「ティルちゃんの誕生日の話です。先週だったんですって」
「そうだったのか? 何故言わなかったんだ。言ってくれれば」
「何かしてくれたの?」
 思わずティルが身を乗り出したが、ライゼスに睨まれて渋々座りなおした。そして冷めた声を上げる。
「まあいいよ。別にめでたいものでもないし」
「そんなことないですよ。誕生日はおめでたいです。あたしは、毎年パパとママがお祝いしてくれます。ママがケーキを作ってくれるんですよ。ティルちゃんは、家族にお祝いして貰わないんですか?」
 邪気のないリュナの瞳に見つめられて、ティルは苦笑した。返答に困る。それには答えを返さないまま、ティルは話を変えた。
「セラちゃんは何を考えてたの?」
「ああ――いや。あの男のことが気になって」
 だがそんな答えが返ってきて、ティルは一気に青ざめた。それとは真逆に、リュナが顔を紅潮させて身を乗り出す。
「気になる!? 恋ですか!? 確かに、カッコイイ人でしたよね!」
「なっ、何の話だ! そういう意味じゃない!」
「ああ、いいですよね、お姉様の周りはカッコイイ人がいっぱいいて……ていうかお姉様自身もカッコイイし……」
 顔を紅潮させたまま、リュナがうっとりと呟く。どこか違う世界に行ってしまったリュナを放置して、そして呆然としたままのティルも当然無視して、ライゼスはセラに問いかけた。 「あの人がどうかしたんですか?」
「いや――その、どうも私のことを知っていたみたいだった」
 セリエラ姫、と彼は囁いた。含みを持った声が、今も耳に残っている。何故だかわからないが胸騒ぎがした。深刻な彼女の顔で、その言葉が何を指すか、ライゼスもすぐに理解する。 「――なんですって?」
「もう一度会ってみたい。何とか探せないかと思っているんだが――」
「も、もう一度会いたいんですか!」
 リュナは話を聞いていないように見えたが、一部だけ聞き逃さなかったようだ。頬を押さえて、紅潮した顔をセラに向ける。
「じゃ、じゃあリュナ、ギルドであの人のこと聞いてみます! 妬けますが! お姉様にはお世話になりましたから、お手伝いします!」
 ガタンと椅子を蹴ってリュナが立ちあがる。飛び出して行くリュナを呼び止めようとセラは口を開いたが、
「セ、セラちゃんまさかホントにアイツに惚れちゃったの!」
 今度はティルが椅子を蹴って、セラは深く溜息をついた。
「だから違うって……落ちつけよ、皆」
 疲れたように呟き、リュナが走って行った方を見る。彼女の姿は既にそこになかったが、青年の情報は知りたいので、大人しく帰りを待つことにした。誤解を解くのは帰ってからでも良いだろう。